展覧会ルポ

 
上野の東京国立博物館で今おもしろい企画展示をしています。

「屏風と遊ぶ」 
9/3まで


 長谷川等伯の「松林図屏風」大きなスクリーンに映像化されていて、ゆっくり座って楽しめるのです。


自分が鳥になって松林を見下ろしているような、木々の間を飛んで抜けていくような、
不思議な感覚を味わえます。
 所用時間は「好きなだけ」 映像のワンサイクルは10分程度ですが、間近で見ても、遠目に見ても面白いので、ゆっくり30分位見てみるとよさそうです。
松林図屏風からこのような映像を生み出すコンピューターグラフィックスの技術者を
羨やましく思いました。
 別会場で光琳の「群鶴図屏風」も取り上げられています。


さて今回の常設展示では季節柄、友禅染の帷子(かたびら)を見ることが出来ました。
大変古い作例もありました。


 波に千鳥草花模様 帷子 江戸時代18世紀 

 裏地をつけない夏向け仕立ての着物を単衣(ひとえ)と呼び、そのうち麻布で作られたものを帷子と言います。ちなみに蒸し風呂などの入浴用の帷子が湯帷子(ゆかたびら)で、浴衣(ゆかた)の語源です。
 ここで紹介しているのは、夏の外出着の帷子です。
 

 布を染めるのに、糊がついている所には染料が入らない、という
友禅染のソモソモの原理が大変よく分かる初期の素朴な友禅染です。


 葉や茎は糊で描き、糊防染でいったん茶に染め、後から絞り染めで青色を染めたように見えます。
特に菊の中心は目が粗いながらも鹿の子のように絞って青を防染し花芯に見せています。
全体を茶、白、青に染め分けて、手間をかけてお洒落な着物を作り上げた熱意を感じてしまいます(^^)/

 白麻地 紅葉立木落ち葉模様 帷子 江戸時代19世紀
  

 麻ですから見事にシワが寄っていますが、季節を先取りして紅葉をあしらったお洒落な一品。解説によれば季節先取りは江戸時代中期以降に好まれだした習慣だそうです。


糊防染の跡が糸目状によく残っていますね。糸目糊と呼ぶにふさわしい感じです。

 白麻地 住吉浦風景模様 帷子 江戸時代19世紀


 刺繍と友禅で松原の風景を描いた帷子、大阪の住吉の浦だそうです。


 解説には、江戸後期になると庶民のあいだで物見遊山を楽しむ余裕が出て、全国の名所を描いた風景小袖が流行ったとあります。

 
 紫絽地 流水秋草鈴虫模様 単衣  江戸時代19世紀


 こちらはさらに豪華な夏の友禅。透けるように織られた絹地、絽(ろ)です。
やはり模様は季節先取りで秋草です。
紋付きの礼服で、解説によれば三つ葉葵の五つ紋だそうです。どんなご婦人の着用だったのでしょうか。

 海外からの観光客でにぎわう暑い熱い上野でした。


展覧会ルポ | 06:13 PM | comments (x) | trackback (x)
日本の美術や庭園に興味のある方なら、おそらく島根県にある足立美術館のことはご存じのことでしょう。
 旅行先としても人気で、こんな感じのパンフレットをよく見かけます。



 このように完璧に整えた庭園を窓から眺めることで有名で、いかなる場合も景観を邪魔するものは一切庭園に存在しないようにしているそうです。

 先日4/22の朝日新聞に、大変珍しい写真が掲載されていました。



 庭を整える庭師の皆さんが箒を手に勢ぞろい。


 造園作業などの様子も公開しない美術館なので、貴重な記事です。
来館者の目につかないよう、季節に配慮し、木々の成長を考慮し苦労して庭を整えておられるそうです。
記事の写真はまだ冬枯れの庭ですね。

 以前訪問した時の写真です。見学用の窓を少し離れて撮影しました。


 素人写真ですが、そのかわり「実際に行ったらここから外を眺める」ことがよく写っていると思います。

 足立美術館のホームページもご覧ください。
    https://www.adachi-museum.or.jp/

ライブで公開している今の庭園の様子を見られますよ。
先ほど拝見したら、同じ場所のショットでツツジがきれいでした。



展覧会ルポ | 07:15 PM | comments (x) | trackback (x)
今年になってから江戸期の手描友禅をいくつか観る機会がありました。

※東京国立博物館の常設展示より。撮影自由なのですが、ガラス越しなので反射が写っているものがありますが、ご容赦ください。




  茶 平地 椿枝垂れ柳掛け軸模様 小袖(江戸時代18世紀)

 解説によればこの友禅染小袖は、享保4年1719年発行の雛型(ファッションブック)で紹介されている柄と同じだそうです。背に掛け軸を模様においた独特な柄行き。雛型を見て誂え染めをしているので、制作年代がほぼ特定できる貴重な例とのこと。


300年も前の生地にしては色がかなりよく残っていました。素朴な平地に糊糸目がよく浮き出ています。少し色がはみ出しているあたりに親近感が持てました。


 この時代は帯の幅が狭かったので背模様は見栄えがしたでしょう。
掛け軸の中は無線友禅で、他は糸目友禅で染められていました。
 教養不足で掛け軸の意味が分かりません。(>_<)
男性が鹿と向かい合っていました。
判読出来る方、お問合せフォームでお知らせください。
おそらく機知に富んだお洒落着だったのでしょう。

こちらは江戸といっても幕末期の振袖

  紺 平絹地 御簾檜扇模様 振袖 (江戸~明治期)

 模様はたいへん細かく、ほぼ全身に御簾と檜扇が柄付けされています。
裾の朱色のフキがたっぷり厚く一寸はありましたから、婚礼に関連して使われるレベルの格式です。


 幾何学模様の部分も型は使わず、すべて手描きの糸目友禅と見受けました。
細かい細かい仕事をセッセと正確にこなした職人さんに敬意!

 こちらは袱紗
お祝い物や献上品に掛けて使用した大判袱紗です。

 
 金色の飾り縫い以外は友禅染。
解説によれば、目を引く水色は江戸時代後期に流行したプルシアンブルーだそうです。糸目糊の防染とぼかしを併用して水の流れを作っているのは今もよく使われる描き方です。青系の染料は退色しやすいのですが、この水色は他の色より鮮やかですね。


展覧会ルポ | 08:44 PM | comments (x) | trackback (x)
上野の国立博物館で開催中の「春日大社 千年の至宝」展を観てまいりました。
          ※写真は展覧会のパンフレット、図録、絵葉書より


 開催期間は3/12までですが国宝の「金地螺鈿毛抜形太刀」の展示は2/19までだったので、駆け込むように行ってきました。


 この写真の中央にあるのがその太刀です。

太刀の名前が示す通り、金地に細かい螺鈿の装飾が一面にあります。
どんな吉祥紋かと思いきや、猫や雀といった身近な生き物を写実的に彫り込んだ螺鈿です。




 刀身の細い飾り刀の鞘なので、実物で拝見すると本当に細かいのです。
螺鈿を彫った貝はいかにも薄そうで、はかないような印象でした。

「毛抜き」の名は刀の柄に毛抜きの形が彫りぬかれているからだそうです。
ちなみにこの柄部分はほぼ純金とのこと。豪華です。

 宝物の中で印象的だったのは「瑠璃灯篭」
展示では黒っぽい色の一般的な灯篭に見えましたが、中に灯をともすと


このように瑠璃色に光るそうです。
回りを囲んでいるのはビーズ状につないだ瑠璃石の簾というわけです。

 人の描写が生き生きしていて面白く、しばし眺めたのは
「春日本、春日権現験記」(かすがぼん かすがごんげんげんき)
なんと!はるか13世紀鎌倉時代に描かれたものです。



お社の建築作業中の職人の面々。
なんて生き生きしているのでしょう!!!


槍鉋(やりかんな)で板を削っていたり、奥の職人は柱の先端をくり抜いています。
右端の職人は遠くから指図する親方に向かって何か叫んでいるのです。

解説によればこちらの写真↓の右端が指図する親方だそうです。
「おい!アッチで手が足りねえ。何人か回っとくれ」
「そいつぁ請け合えねぇ。コッチだって手一杯なんでさ」
「おい!何だってぇの?」  
   (江戸落語風 脚本ぼかし屋)


休憩時間で「あ~やれやれ」

はだけた衿から筋骨たくましい背中が見えています。

まだ半人前の小僧さんたち。明らかにサボっていますね。(^^)/

 右の職人が使っているのは釿(ちょうな)という材木を削る道具だそうです。

二人一組で計測したり、印付けしたり。

ご先祖様たちもセッセと働いていたのですね~!(^^)!

こちらは打って変わってお公家の世界

 当時の一大権力者、白河上皇の春日大社へのお参り。

皆さんお行儀は良いけれど…

大きな上皇の牛車を「もうちょっと右だ」「いやこの辺りでいいだろう」「まだ離しちゃだめだ」などと苦労している表情です


お顔も老若色々、細面からメタボのお顔まで様々ですね。
回りにはよそ見したり私語に勤しむ面々も。


 僅かしか見えませんが、画面の両端には、庶民の僧俗男女が地面にぎっしり座ってご一行を見物しているのが描かれています。
例外なく頭巾で頭を覆っているのは当時の風俗でしょうか。


  ざっと800年前の絵巻で、これだけの描写を楽しめるとは今回初めて知りました。
中世が本格化する時期、西欧ではまだまだ宗教にがんじがらめの絵ばかりだったかと思います。
 世界に冠たる!と言って差し支えない日本の文化はアニメだと思っていますが、
その源流は絵巻にあると言われていますが、鎌倉時代の絵巻ですでにこれほどリアルな表現がされているとは知りませんでした。


 寒くて人の少ないこの時期、常設展示も充実しています。
お訪ねになってみてはいかがでしょうか。


 教科書でしか見たことのなかった本阿弥光悦舟橋蒔絵硯箱(国宝)を拝見。
所蔵品なので撮影自由でしたが、球面に光が反射し、うまく写せませんでした。
本物はしっとり静かな色合い。
この斬新な球面フタの文箱、作例が他にないのは制作が大変難しかったからでしょうか。

<
3/8追記
「春日権現験記」の大工仕事の光景に登場した釿(ちょうな)、どんな道具なのか知る機会がありました。


竹中工務店HPのアーカイブより

 大阪城の千貫櫓(せんがんやぐら)に釿(ちょうな)
で削った板が使われた床があるそうです。豊臣氏滅亡直後に徳川幕府によって再建された櫓で約400年前の建築だとか!


       大阪城 千貫櫓の床 TVぶらぶら美術・博物館 3/3放送より


 槍鉋(やりかんな)や台鉋(木製の台にはめ込まれたカンナ)ではなく釿(ちょうな)が使われたため、このような独特の凹凸のある床面になるそうです。


 番組では手斧(ちょうな)と表記していました。

 竹中工務店HPアーカイブの説明によれば、釿は大工道具の生きた化石ともいわれ、
古墳時代の鉄製の出土物にも見られる道具で、
釿で出来る独特の波状の削り肌を名栗面(なぐりめん)と呼ぶそうです。
なるほど古い日本建築で見たり踏み歩いたりしたことがあるような…。
真っすぐな板面を作りやすい台鉋の発達と入れ違いに槍鉋や釿は江戸期以降あまり使われなくなっていったそうです。 




展覧会ルポ | 01:00 PM | comments (x) | trackback (x)
前回の風神雷神図に続き、京都で観てきた絵について。
 京都は幾度か観光で訪れましたが、今回初めて絵を見るためだけに一人で歩き回ってきました。
第一の目的は大徳寺聚光院の襖絵公開です。
 狩野永徳の原画はふだん京都国立博物館の収蔵となっていますが、聚光院の創建450年の記念に今年度に限り里帰り。本来の場所である聚光院方丈で見ることが出来るのです。



 撮影してよいのはこの門の所だけ。
庭を含め一切不可で手荷物も預けて、建物を傷めないように、とのことでした。
確かに木材は古くカサカサしていて、大勢の人が入ると負担になる感じでした。
よって以下の写真は、絵葉書、手持ちの図録などから。

   
方丈の中央の間の襖絵16面 「花鳥図」狩野永徳 大徳寺聚光院

 聚光院の花鳥図は左右の側面と正面奥の三方あります。

一番有名なのは右の側面、梅の老木を描いたもの。

右の側面、右寄りの一部

正面は松に鶴、山水を描いたもの。

           正面の左半分
襖の向こうは仏間で、見学時は中央襖が開かれていました。


 左の側面一部(右半分) 松や芙蓉に鶴、雁など。
2014年に日本国宝展が開かれた時は、この左側面が展示されました。
ガラス越しながら至近距離で観て、鶴が非常に写実的で驚いたものでした。


 松や岩が豪快な描き方なのに比べ、鶴や小禽が細かい描き方で、特に鶴は若冲を思い出させるほど羽根や足が微細な筆使いだったのを記憶しています。


 左側面の一番左端

 さて、今回は絵の前に立つことはできず、廊下側から室内を覗き込んでの鑑賞でした。
扉が全開にならないので(作品保護のためでしょう)三か所から見学の一行は分かれて覗き込むのです。
 展覧会のガラス越しでしか見たことのない絵の本物がすぐそこに…。

面白い事に気付きました。
国宝展で観た「松に鶴図」(左側面)では、松が全体(襖四面)のうち右に寄り過ぎで、


しかも右手前でこちらに向かって伸びる枝だけが不自然に濃く描かれていると思ったのですが、



 こうしてお座敷で見ると… なるほど、
本当は松の枝は、柱をはさんで正面襖の左端にも対となる濃い枝が伸びているのでした。



 想像ですが、お座敷で正面に向かって座ると、
左隅の松の枝々が自分に向かって伸びてくる感じがするのでは?
永徳が柱と角度を利用して立体感を味わえるようにしたのですね。

部屋全体で構図を見ると、正面に向かって左隅(鶴二羽と松)と、右横(梅の老木)の
二か所に重点
が置かれていたことと分かりました。

 隣室は同じく永徳の「琴棋書画図」

               写真はごく一部です。

 琴棋書画を楽しむ文人たちより、まわりの風景を重視した描き方で、岩と松の山水画のようでした。
琴棋書画図には似つかわしくない言葉使いですが、「ド迫力」を感じました。
写真はごく一部だけ。お伝えできず残念です。

狩野永徳がこの板の間で、出来上がった襖をはめ込んで眺めた時もあったはず…。
450年間よくぞ残っていてくれたものです。

 この特別公開は来年の3月まで。予約など案内のサイト
http://kyotoshunju.com/reservation/?page_id=2

予約時間別にグループ見学で、覗き込むだけ、です。くれぐれも。
でも現場で観た価値はありました!


聚光院さんは通常、精巧な複製襖をはめておられるそうです。
そちらもいつか拝見の機会があれば嬉しいですね。お座敷に座って。

展覧会ルポ | 04:05 PM | comments (x) | trackback (x)
前回ご案内したサントリー美術館で開催された鈴木其一展
会期末に再訪しました。
作品入れ替えがあって今回は其一の風神雷神図を観ることが出来ました。
(写真は図録より)





 風神雷神図は言うまでもなく、俵屋宗達以来、尾形光琳や江戸琳派、
現代の画家にも引き継がれている画題です。
 八王子市の東京富士美術館が所蔵する其一の風神雷神については写真で知っていましたが、地味だなという印象を持っていました。
琳派先達の作品が金箔の上に彩色された屏風であるのに対して、其一のものは
白い紙(絹本)の上に墨で描いて彩色したものです。

 対面しての印象は、「墨がきれい!」 金箔彩色画とは違う華やかさでした。

身体に巻き付き、風にたなびく細い衣がダイナミックで目を引きました。

 この衣を何というのだろうと、天女ではないので羽衣ではないし…と仏像用語を検索してみますと「天衣」(てんね)と呼ぶそうです。
仁王像や観音像の部位名称に載っていました。なるほど…。



 特に雷神の天衣は、其一は雷神様よりこちらを描きたかったのではないかと思うほど、画面の中で存在感がありました。
衣の線は太い筆で一気に勢いよく描かれ目を奪われます。

 初代風神雷神図たる俵屋宗達作は二曲一双の屏風、
対して其一作は広々と風神雷神お一人につき四面の襖のスペースがあるので、
この天衣と雲の動きが主役であるように、大胆に表現されているのです。





 雲の豪快さは際立っていて、水と墨の滲みは真近で見ても遠目でも美しいものでした。
絹本に墨の濃淡、滲みを利用して雲を描いているので、下書きなしの一発勝負だったかと思われます。
 おそらく絹本にあらかじめ含ませた水分を利用して墨でぼかし、半乾きを利用してさらに墨を含ませるような描き方をしていると想像しました。(私見)
 図録でも 「風神を乗せる雲は下から勢いよく吹き上げる風を感じさせ、雷神を取り囲む雲は、いかにも稲光が走りそうな雨を含んだ雲に見える」と解説されています。
まったくでした。
 会場でこの絵の前に立ち、右手を動かし続けている若い男性がいました。どうやら筆による雲の表現、描く手順をなぞっているようでした。画家の卵さんでしょうか。

 風神雷神図は宗達作を見て尾形光琳が模写し、そのまた模写を酒井抱一が模写したと言われています。


        酒井抱一 風神雷神図屏風

 当然其一は師である抱一の作品を参考にしてこの襖絵を描いたわけです。
其一贔屓の私としては、光琳、抱一が模写の範囲を出ていないのに比べ、
其一は絵画としてさらに発展させ、明らかに自分の表現を加えていると思うのです。

 実は先週、京都に絵を見に出かけました。
通常非公開の文化財の秋期特別公開に合わせ、強行軍でしたが、めいっぱい回ってきました。
 そのおり通常公開の寺院でまだ行ったことのなかった建仁寺にも立ち寄りました。
宗達の風神雷神図屏風の複製を観るためです。
現代のデジタル技術で複製されていて、私が見た位では原画と変わりません。


     俵屋宗達 風神雷神図屛風(複製)建仁寺にて

「お座敷でガラスなしで見られる」と期待していたのですが、残念ながらガラス越し。
それでも美術館の展示とは違う雰囲気を味わえました。



潮音庭越しに撮影しました。



 屏風の前に人が座って見ているのも、それを庭越しに見ているもの良いものでした。
ガラス越しではあっても、お座敷の奥の金屏風が外の光を受けて揺らめくのを感じる事は出来ました。

 建仁寺さんは写真撮影が自由でした。方丈の海北友松の襖もデジタル複製なので、「どんどん撮っていいですよ」と有難いことでした。
 この海北友松と、他の非公開寺院の狩野永徳、長谷川等伯の原画の特別公開について,
折々紹介していきたいと思います。


展覧会ルポ | 01:26 PM | comments (x) | trackback (x)
友禅染訪問着などの作図をする時に、
常に目標(遥か雲の上の存在ですけれど(^^;) にしている鈴木其一
日本美術の中で、長年にわたり一番好きな画家
江戸琳派の酒井抱一の一番弟子といわれる其一。
なのに「それ誰?」と何度言われたか分からず…
このブログでも機会あれば皆様に紹介してきたものでした。
それが!今!

サントリー美術館で「鈴木其一展」が開かれています。(10/30まで)





 其一ファンになって20年以上の私としては、其一の作品といえば、琳派関連の美術展に抱一の一門として「参考までに」飾られるばかりだったのを思うと、このような大規模な独自展が開かれること自体ビックリです。
 さっそく観てまいりました。
展覧会のチラシ(上の写真)に取り上げられているのは、
米国のメトロポリタン美術館から里帰り中の「朝顔図屏風



                    画像はNHK日曜美術館より

存在感があって前に立つと、お初にお目にかかり恐悦しごく、という感じでした。


                   以下写真は図録から

 前面金箔の上に緑と青の顔料で描かれ、この色調は光琳の燕子花図を意識しているという解説もありますが、雰囲気はだいぶ違います。
 専門家の方々の解説はあることと思いますが、
私にとって其一の「好きなところ」を説明させていただきます。

 この朝顔図の決め手は、朝顔の葉とツルが自由に舞うところにあると思います。葉はすべてほぼ正面向きです。葉の大小を変化させることでツルの動きを出しているのです。




 朝顔を写実的に描くと、葉は裏返しだったり横向きだったり曲がったりしているはず。
でも其一はそんな事には目もくれず、ツルの動きを表現するために正面向きの葉を連ねているのです。
 生け花を習うと「現したい形のために、無駄な枝葉は切り取る」ことを教えられますが、それに通じると思います。

 彼が表現したかったのは動き、流れ。
そのために必要な部分だけ描く。不要な部分は思い切りよく捨てる。
この姿勢は彼のどんな小さな植物の絵にも感じられ、そこが好きなのです。

其一の取捨選択は描き方にも表れています。



朝顔の花は群青色の複雑なぼかしで強いグラデーションをつけています。
比べて葉は緑色の単色、塗切りです。
この違いが屛風の前に立った時に感じる迫力の源かなと思います。


 今回お初にお目にかかった作品が他にも。



 富士千鳥 筑波白鷺図 屏風

 江戸庶民に親しまれた二つの名峰に、身近な鳥、千鳥と白鷺を配した図。
こちらも基一が思い切りよく必要な部分だけを組み合わせています。
山と鳥と木々、だけ。






 千鳥と白鷺のパターン化されていて、其一が「こうしたい」と思った目的のために張り付けられたかのようです。





面白い上に、画題と、左右で金銀の屏風の組み合わせから、
お目出度い場面で使いたい顧客の要望に応えたのではないでしょうか。
二曲一双(二つ折りの屏風の一対)なので、金銀並んで飾られていると、
飛ぶ鳥がグウッとこちらに向いてくる効果があります。
 この屏風は個人蔵。最初で最後のお目見えだったかもしれません。

 補足ながら、この展覧会では、基一がお客様やスポンサーからの注文に応じて描いた多種類の絵を見ることが出来ました。大名の子息だった師、抱一とは違い、其一にとって絵は生業だったのですから当然ですが、今まで気づかなかった一面でした。お寺の飾り、縁起物、季節の掛け軸などなど。
 狩野永徳や長谷川等伯のように時代に恵まれて寺や城郭の障壁画を任される機会が其一にあったら、どんな表現をしたのでしょうね。 

最後にもう一点、あまりにも小さく、綺麗だったので。


       松島図 小襖

左側

右側

 一点が約25㎝×40㎝のかわいい小襖です。
其一が尾形光琳の「松島図屏風」を模して小さく描き変えたものだそうです。
小さいので覗き込むようにして拝見すると、ホントに、本当に緻密で綺麗なのです。




 散逸していて、図録の見開き上の2点と右下の1点は、この展覧会準備中に同一作品の部分だと分かったそうです。つまり左下の空白を埋める小襖がもう1点あるはずだ!と。
全体で4枚の小襖が横に連なり、作品全体で松島図が描かれていたそうです。
床の間の脇床の下段押し入れや違い棚の襖だったかもしれません。
もう一枚、どこにあるのでしょうか。




展覧会ルポ | 03:15 PM | comments (x) | trackback (x)
 この夏、上野の国立博物館展示で、江戸期の友禅染の優品を拝見しました。

 友禅の小袖などで色が退色せず綺麗に残っているものは貴重です。
とても美しかったのでカメラに収めてきました。
(常設展示のほとんどは、有難いことに撮影自由です。何箇所か、写真に手前のガラスの反射が写ってしまいました)



  小袖(萌黄地 菊薄垣水模様)

 このように腰から下にだけ模様をつけるのは1700年代以降の雛型に見られるそうです。



裾の流水は光琳水(こうりんみず)と呼ばれます。秋草文様のお手本のようです。


  小袖(浅葱 縮緬地 垣に菊模様)

やはり腰から下の模様付けで、友禅染で菊に柴垣を描いています。
この図柄は糸目糊で防染した白い垣の強調しています。




腕に覚えの糸目糊職人が糊置きしたのでしょう。こちらは糊のお手本ですね。
1800年代のものだそうです。



帷子(浅葱麻地 流水菖蒲蔦銀杏 花束模様)

1800年代の、今ならお洒落着風の浴衣といったところ。
紋付きです。いったいどのように着付けたのでしょうか。




糊で残した波や岩の白場が冴えています。鹿の子糊(絞りのように見せる模様)も多用し、刺繍もあしらった豪華な友禅です。



 銀杏と菖蒲が並ぶなど、現在の柄行きではあまり考えられないのですが、江戸や明治期の着物を観ると、よく季節が一致せずとも自由に組み合わせて模様にしています。
そういえば桜と楓の取り合わせは、琳派の画家も好み、仁阿弥道八の「桜楓文鉢」などが有名です。
現代人ももっと自由に四季の花の組み合わせを楽しんでもよいかもしれません。

 最後に紹介するのは、友禅の、おそらく振袖が転用された例です。



 手前は「ドギン」 

 ドギンとは、1800年代(琉球 第二尚氏時代)の奄美大島の巫女さんの上着で、このドギンの下にはスカート状の裳を着用したそうです。几帳・檜扇に鉄線を染めた友禅の着物を仕立て替えたものと説明文にありました。



 これほど華やかな柄行きの染めの振袖に金糸の刺繍も。京友禅なのでしょう。大店の娘さんの婚礼振袖だったかもしれません。または新品の染め上がりを購入して巫女さんの衣裳にあてたのかも。
 この着物地はどんな運命をたどって奄美にきて琉球の巫女さんの上着になり、今上野に飾られているのでしょう…

 ドギンと一緒に写っているのは、同時期の奄美の花織の着物。遠目には無地の織物のように見えましたが、近くで見ると透けるほど薄く花菱文で織られています。とても綺麗でした。




展覧会ルポ | 01:19 PM | comments (x) | trackback (x)
 着物からのれんや風呂敷、本の装丁まで実用品を型絵染めで模様付けした
現代の染色家、芹沢銈介の展覧会に行ってきました。

 「芹沢銈介のいろは」
※ 東京国立近代美術館工芸館にて。5/8まで。

(写真は展覧会チラシと3/23朝日新聞記事より)

 昨年、金子量重氏から寄贈された作品を中心にした展示だそうです。前回ご紹介した横河民輔氏と同様、お陰で貴重な美術に接することができ、お志に感謝!です。


  文字文地 白麻 部屋着

 この展示で面白かったのは芹沢銈介の「文字文」もじもん。
よく「唐草文様」「樹下獅子文」などと言うのと同じで、
「文字を文様化、模様化した」ものです。

 
 1968年のカレンダー

いずれも70代の作品で、驚くほどポップで大胆!形も色合いも楽しく、こういうデザインが身の回りにあるとステキな生活感が味わえますね。

 作品はほとんど型染の実用品でもあるので、今でも買えるし使っているし、です。
ぼかし屋の場合、仕事柄で風呂敷を多用します。
所持品から芹沢銈介デザインを写してみました。


 たとう紙ごと着物を包める大型サイズの風呂敷。便利にしています。仮絵羽や下絵描きなどの作業を中断する時に、この風呂敷で作業机ごと覆って埃防ぎにも使っています。


  上は反物を包んだ綱の模様の風呂敷。とても古く色が退色しています。
  下は小物包み。野菜を模様化した図柄です。

 風呂敷と言えば…

 白生地反物は丈夫な紙で包まれていますが、持ち歩く時は、さらに風呂敷で包みますと、巻物の状態の生地をしっかり守ってくれます。そして湿気から守るため風呂敷ごとビニールで守って運びます。
 昔このように包んだ反物を生地屋さんに返しに行くとき、(数本お借りして、誂えご注文のお客様に生地をお選びいただき、残りを返却)カバンに縦に入れて運び、叱られたことがありました。
 わずかでも生地がよれるような事をしてはいけない、売り物にならなくなる、と。しっかり包み、なおかつ横に運ばなければならないのでした。
そのくらい丁寧に扱えとの教え。もちろんすぐに反物包みを横にしたまま運べる鞄を買ったのでした。
 以後、生地を運ぶたび、思い出しております。

 この工芸館は竹橋と半蔵門の間くらいにあります。

 昔の近衛師団司令部だったところで、建築遺産として貴重な建物だそうです。

 千鳥ヶ淵にも近いですよ。

4/4スマホで撮影 暗くなりきらない都心の夜空を背景に。

 二年ぶりの夜桜見物でしたが、以前と照明方法が変わっていました。
以前は花見客のいるお堀手前が明るく、今年はお堀向こう側が明るく照らされていました。
近くの桜は薄明り、遠くの桜がはっきり明るく。
 どちらがよいか意見が分かれるでしょう。今年の方が情緒はあると思います。
でも頭上に見上げる桜は…ちょっと暗くて寂しかった気がします。
展覧会ルポ | 12:08 PM | comments (x) | trackback (x)
 久しぶりに上野の展覧会へ行きました。
目的の「ボッティチェリ展」を見た後、国立博物館の常設展示へ立ち寄り、東洋館で展示中の綺麗なお皿を観てきました。


 琺瑯彩 梅樹文皿  雍正帝の時代、1730年頃 中国景徳鎮窯
 小振りですが、白い飾り皿に繊細な紅白梅が描かれていて、「これぞ磁器!」というほどの硬質感の輝く白さでした。梅の表現がとても細かく、極めて細い筆で丹念に絵付けした様子です。

 この展示に立ち寄るきっかけになったのは1/31東京新聞の記事です。



この記事のほとんどの部分は、皿の寄贈者、横川民輔氏のことが書かれています。
興味深いので、主旨抜粋で記事を紹介します。

 作品の解説プレートのほとんどに「横河民輔氏寄贈」とある。
横河氏は大正期に日本橋三越本店を設計するなどした建築家で、現在の横河グループを創設した実業家でもあり、さらに中国陶磁器の世界的コレクターの顔も持っていた。
 1932年から7回にわたり、東京国立博物館に約1100点を寄贈した。同館が所蔵する中国陶磁器約2500点のほぼ半数に上る。
 横河氏の買い付けは、清朝の衰退期に美術品が中国からへ流出し、英国はじめ欧米列強が「爆買い」する時期だった。しかも最初から公のため、つまり博物館での展示を考えての収集だった。日本で個人がこれほど寄贈するケースはまれだという。しかも、本人は目立つことを好まなかった。


 横河電機の社名は知っていても、このような創業者がいらしたとは知りませんでした。
同じ上野の西洋美術館が「松方コレクション」の名前を残して展示しているように、国立博物館も「横河コレクション」などと銘打って顕彰してもよいのでは、と思ったことでした。それぞれの作品名の小さなプレートには寄贈者名が書いてはあるのですが。

 本館の展示も季節柄で、桜の文様が多く飾られていました。

  仁阿弥道八 「色絵 桜樹図 透かし鉢」




 この作は、どの角度から見ても鉢の外側の枝と内側からのぞく枝がつながって見えることで有名です。雰囲気も材質も柔らかい日本の陶器です。


  打掛 「紅綸子地 御簾薬玉模様」(18世紀)

 端午の節句に厄除けのために御簾に飾る花薬玉を描いているそうです。
端午の節句ですが、背景は一面の桜。
女性の身を飾る打掛だからでしょうか。


お洒落な意匠ですね!図案の参考にしようかな!(^^)!

 同じ日、上野公園入口の河津桜。すでにほぼ満開でした。

展覧会ルポ | 11:47 PM | comments (x) | trackback (x)

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