東京友禅は、ぼかし屋友禅へ

 
 8月13日の朝日新聞紙面に、ブリュッセルで開かれた花の祭典「フラワーカーペット」が紹介されていました。本物の花を敷き詰めて作る巨大なカーペットで,
街の広場を覆うイベントで、世界中から多くの観光客が訪れると聞いています。
日本とベルギーの外交樹立150周年を記念して、今年のテーマは日本




 日本をイメージするにも富士山とか歌舞伎とか色々あると思いますが、カーペットであるためか、嬉しいことに「和の文様」でデザインされているのです。
しかも地紋のある生地に模様をあしらう友禅や刺繍の着物を彷彿とさせるので、嬉しくなってしまいブログで紹介することにしました。
 拡大しますと、




 外枠を紺地の七宝文様で取り巻き、海老茶の枠に七宝文と二重菱を配置し、内側はクリーム色の地に一面の地紋が籠目と青海波。その上に桜、竹、松、波を描き、中央に鯉や鶴、菊も見えます。



ほぼすべて日本の伝統文様です。すてきですね~~!

 伝統文様とは、「このように描いたら松とする」というような、一定の引き継がれた約束事の上にデザインされた文様の事と考えています。扇形の半円を繰り返して波とする青海波はその代表例。着物や食器、家具などに日本人が描いて、大陸文化の影響を受けながら練り上げてきた文様です。
 はるかベルギーの古い町並みの広場に、このような花のカーペットを作り上げてくださった方々に感謝、感謝です。
 このイベントは2年に一度開かれて、その時の記念すべき事柄をテーマにしているそうです。ちなみに前回2014年はトルコからの移民受け入れ50周年を記念してトルコの図柄だったそうです。
 ブリュッセル市のHPから前回の写真を2枚拝借。



 制作中の画像もありました。大勢の手で花を敷き詰めていくのですね。



 だいぶ以前にテレビで、このイベント用の花を栽培する農家が取り上げられていました。希望に沿う色の花を必要な分に足りるように、一家総出で栽培していましたっけ。

 ブリュッセルで行われるこれほどのイベントなのですから、日本がテーマになったと、もっとメディアが取り上げるべきではないかと思いますが、この時期テレビはオリンピック報道一色でした。残念…


東京手描き友禅 模様のお話 | 10:03 PM | comments (x) | trackback (x)
手描の友禅染の制作に欠かせない材料は色々。
その中に下絵を生地に描く時に使う専用の青い染料、青花(アオバナ)があります。
 先月NHKテレビで、生産農家が青花を作るところが紹介されていました。
普通はまず見る機会のない映像が流れ、
長らく使ってきた青花がどのように生まれるのか、初めて知りました。
 たいへん貴重なので映像をお借りして、
私自身の勉強を兼ね、このブログに内容をまとめたいと思います。
   ※画像はNHKBS ニッポンの里山「あおばなの咲く田んぼ」滋賀県草津市 より



 青花(あおばな)はツユクサの仲間、オオボウシバナから作られるそうです。


ツユクサを品種改良して作り出された大きめの花で、直径は6㎝ほどもあるそうです。


 摘み取り作業
 夏の午前中に(午後にはしおれてしまうので)
雌蕊を残し花弁だけを摘み取るそうです。


 それを練り、何度も布でギュッと漉し、何も添加せずに花100%の青花汁を作り、


 和紙に塗り付けます。


 液体のまま時間が経つと青色が変色するので、
和紙に含ませ乾燥した状態にしないと保全がきかないそうです。



 和紙を乾かして、さらに青花汁を塗る作業を繰り返して、


 和紙の重さから3倍程度になるまで青花を含ませて出来上がるそうです。


 友禅染をする者が手にする青花は、材料屋さんの店頭で、海苔のような形で一枚ずつ売られているもので、青花紙とも呼びます。
 商品として材料屋さんの店頭に来るまで、これほど大変な作業を農家の方がして下さっているとは知りませんでした。着物需要の低下に伴い、青花の生産が減って、扱う材料屋さんも減り、価格も高くなっています。ですが、このご苦労を知ったからには今後お値段に不満は言いますまい!
 貴重な材料ですから、買ったらすぐ冷蔵庫で保管します。色の劣化や、カビを防ぐためです。添加物ゼロなら当然だったのですね。





 青花紙は使う分だけ切り取り、水を含ませ液状にして下絵描きに使います。


誂え染めの場合、白い絹地に青で描かれた下絵をお客様に見ていただくことになります。 下絵は「新花」という化学反応を利用したものでも描くことが出来ますが、黒っぽい色でしかも退色しやすくお客様にご覧いただくには、青花の方が向いています。


  糸目糊が済んだ生地を水に浸し、下絵の青花を落としているところ。
青花は水ではかなく流れ去ってしまいます。(だから下絵用に使われているのですが)

  こんな作業をしてくれる農家はもう僅かだそうです。
番組で紹介されていたのは中村重男さん


 技術を絶やさないために地元の高校生が学んでくれているそうです。


滋賀県草津市の青花農家の皆様、手描き友禅のためにどうぞこれからも青花紙の生産をよろしくお願い申し上げます。無くなったら困ります~~。<m(__)m>
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青花は田んぼのすぐ近く、こんな田園風営の中で生産されるそうです。
稲穂の間にサギが見えますよ。背丈からダイサギでしょうか。
サギがいるということはドジョウなど餌となる生き物がたくさんいる田んぼだということですね。
本当に美しい映像を見せていただきました。



東京手描友禅の道具・作業 | 11:35 PM | comments (x) | trackback (x)
手描友禅の染め作業、「裁ち切り」

 東京手描友禅は基本的に、一人の製作者が下絵から染め上がりまでの染色作業を一貫して行います。
ぼかし屋も一貫制作です。ということは…
友禅染のデザインや染色作業、その準備や後始末も自分でする、ということ。
前回ブログでご紹介した伸子針(しんしばり)の色抜きは後始末の方でした。

 よくお客様から 「一本の白い反物がどうやって着物になるの」 というご質問をいただきますので、このブログでは機会をみつけて少しずつ工程をご覧にいれています。

 今日は制作の始めの一歩、準備の一コマ、「裁ち切り」の作業風景をご紹介します。
絹の白生地をサイズに合わせて裁ち切って仮絵羽仕立ての準備をするものです。




 長~い白生地は3丈物(裾回しも含む場合は4丈物)



 尺差し「鯨尺」で測りながら、袖2枚、見頃2枚、衽に切り分けます。
測った通りに袖、見頃と切り離しますが、反物に最初の鋏を入れるのは今もドキドキします。

新花(後で色が消える)で印をうち、肩山や剣先位置など今後の作業に必要なところには糸印をつけておきます。
 表裏が分かり難い生地の時は「こちらが表側」という糸印もつけます。印の仕方に決まりはなく、製作者それぞれが自分に分かるように決めた印をずっと使っています。



生地を切り離す時は、布を織った時の縦糸、横糸から逸れないように真っすぐ切るのですが、それが案外難しいのです。

一番の難所が、衽と衿の部分を縦に長く延々と切り続けるところ。



新花で印をつけてあるものの、集中しないと縦糸から大きく脱線して切り目が曲がってしまうので、切り始めたら終点に向かってひたすら切り続けます。




切り離した生地を並べました。
           左から衿、衽、見頃2本、袖2枚です。


何だか少し着物に近づきましたね。


白生地の反物は始めの位置に生地のメーカー(機屋さん)や産地の印字があります。
 この部分が左袖後ろにくるように裁ち切ります。
仕立ての時には切り離されてしまうのですが、生地が染め上がって、剥ぎ合せ縫いして反物状に戻した時に必要なのです。
反物の表札とでもいいましょうか。
一本の白生地から染め加工した品ですよ、と伝える役目も果たします。

 裁ち切りが済むと次は友禅の初期工程へ。
仮絵羽仕立てや下絵描きが始まります。

さぁ~て!

東京手描友禅の道具・作業 | 11:20 PM | comments (x) | trackback (x)
東京手描き友禅の作業、伸子針(しんしばり)の色抜き

 今日は溜め込んでしまった伸子針の色抜き作業をしました。

 模様の色挿しや、地色を引き染めする時に、生地をピンと張るのに使う道具が伸子針



 細い竹の両端に針がついていて生地の耳部分に刺すので、引き染めをすると染料が竹の先端について汚れてしまいます。

 そのまま次の染めに使うと竹から生地へ染料が移ってしまうので、伸子針を脱色するのが「色抜き」です。



容器にハイドロコンクという抜き剤をいれて煮沸します。抜けたら針の上下を入れ替えて全体をきれいにします。





引き染めをすると、竹製の伸子針が弓なりに曲がるのですが、煮沸のおかげで真っすぐに戻ります。
長年何度でも染めと抜きを繰り返して使い続けています。



仕上げに抜き剤の成分を洗い落とします。
タップリの水にさらに流水も流して完全に。抜き剤が残ってしまって、次回の染めで生地に抜き剤が移ったら大変です!



水を切り、なるべく通気よいように、三日ほど乾かしてから収納します。
針がもれなく付いているので、ついついひっかき傷を作りながらの作業です。

東京手描友禅の道具・作業 | 09:57 PM | comments (x) | trackback (x)
手描き友禅による雨中紫陽花の表現

 季節の移ろいは速いもので、あちこちで見事な紫陽花を見かけるようになりました。
紫陽花はたいへん好きなモチーフで、染めるたび色々試しております。




こちらはそぼ降る雨の中の紫陽花の模様。

背景が明るいとそぐわないし、あまり暗いと嵐のようになってしまうし……
ほどほどの曇天になるよう色合いを考えて彩色しました。
染料による雨粒に加え、銀彩で仕上げに雨を増やしています。

近所で撮影した紫陽花。色の移ろいが見事です。




 お天道様が、藤色からブルーまでの染料を作り、三輪とも違う配分で彩色したかのようです。真似したいものです。

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 先日東京地方の梅雨入り宣言がありました。
絹地の保管には厳しい時期となりました。

ぼかし屋の作品紹介 | 08:36 PM | comments (x) | trackback (x)
拙宅、ぼかし屋所在地は古い団地の一角。

古いことの数少ないメリットは敷地に緑が多いこと。
ここ数日続いた五月晴れで満開となった薔薇を撮影しました。



ほんの狭い一角なのですが、ご近所有志の方々の丹精のおかげで見事に咲いています。
私は観るだけ…
日差しはもう真夏のような強さです。

光をたくさん入れて撮影してみました。



燦々とした光と薔薇の向こうに白亜のお屋敷が、、、、
いえ、単なる団地ですが。(^-^;

木々に囲まれ住み心地のよい団地です。

季節の便り | 10:13 PM | comments (x) | trackback (x)
東京国立博物館の所蔵品展示で 古い友禅染の作例をいくつか観ることができました。

 特に驚いたのがこちら。






  産着  納戸綸子地 宝尽くし模様

 伊達家の殿様、伊達吉村の所用だそうです。かの伊達政宗の曾孫で1680年生まれ。若様の産着がお古とは思えませんから、もしかすると制作時期がはっきりしている一番古い友禅染ではないでしょうか。
 身分の高い武士階級やお公家さんの着衣の模様は、江戸小紋等を別にして、主に織りか刺繍だったのですが、子供用には、洗えて肌触りの柔らかい友禅染めも使われたのですね。


 紐の先まで宝尽くしが散っています。贅沢な地紋に五つ紋付きでした。
江戸時代前期としてはかなり細かい友禅染だと思います。
 
この展示は着物のコーナーではなく、武士の鎧や小袖、武具を飾るコーナーにあり、隣は幼児用の可愛い陣羽織でした。

江戸時代、町人階級は贅沢な織りや刺繍を制限されていたので、友禅染はおもに町方の富裕層のファッションニーズに応える形で発達しました。



振袖 薄紅平絹地 薊菊模様
この振袖は1700年代の江戸中期のもの。

解説に「浅葱色に染めた州浜形の内に、簡略化された薊と菊を糊置きし、墨色や藍色で地味に彩色した、いわゆる光琳模様」とあります。
ここで言う「糊置き」とは、細く絞り出した糊(糸目糊)で下絵をなぞり描きした、という意味です。糸目糊で防染してから染料で彩色すると糊のあとが白く糸目のように残るのが友禅染。この作品は糸目がくっきりを白く浮き上がって見えていていますね。


どんな商家のお嬢さんが着たのでしょう。



 間着(あいぎ) 紅綸子地 牡丹青海波網模様

 こちらも1700年代のもの。間着は打掛の下に着る小袖だそうです。
模様はすべて鹿の子絞り。 たいへん贅沢ですが、上にさらに打掛を羽織ったのですね。

 江戸時代の友禅の話題ついでに、最後にNHKテレビの映像から。
前回の朝の連続ドラマは、最初のころの舞台は幕末期で、
京大阪の大商人の娘さんが主人公でした。
どんなにお金持ちでも町方ですから、織や刺繍は制限されており、着物は主に染めの模様なのです。
ドラマ撮影用とはいえ、毎回素晴らしい友禅染衣装が見られました。



 主人公の袂に偶然鉄砲が飛び込むというシーン。

着物はもちろんですが、裏側の比翼も細かい友禅。帯も染めの模様です。
衣装を楽しめる番組でした。

東京手描き友禅 模様のお話 | 11:17 PM | comments (x) | trackback (x)
 手描き友禅の柄行き、模様を作図する時には色々な参考資料も使います。他の工芸品の文様や柄行き、季節の花々、琳派や狩野派の障屏画の写真などが主なところです。ですから作業部屋の本棚には本がいっぱい。
 先日そこに新たな戦力が加わりました。
 「日本の意匠 全16巻」 です。
 5年前に他界なさった師匠、伝統工芸士の早坂優先生の奥様が、長く工房で使われていた一揃いを下さったのです。
何度も何度もお借りして図案作りの参考にした本なので、大変有難いことです。

 貴重な本ですから、ずらりと並べて記念写真。




 手前右の表紙の図柄をご覧ください。
今年の染芸展の友禅体験にお越し下さった方は、あらっとお思いになるのでは?
(御所)車に流水の図です。友禅体験で使われた車の模様のモトとなる意匠です。



片輪車蒔絵螺鈿手箱 

国宝で平安時代の塗り物です。
牛車の車輪は乾燥すると割れてしまうので、川に車輪を浸しておく風景は平安時代の都の風物だったはず、とのこと。

 この全集は1985年、京都書院の発行。これだけの全集を組むことが出来たのは世の中が好景気で、伝統工芸産業全体がまだまだ元気だった時代だからでしょう。
今改めて見ても内容は充実しています。
 たとえば、桜の巻のページには



 刀の鍔の細かい細工や、陶磁器の模様まで写真が載っています。



陶磁器の模様もたくさん掲載されています。

 まさしく着物の模様の参考書!!

 動物の巻には面白い打掛が!


お猿さんの柄です。


 打掛ですから身分の高い人が着たはず。
でもこんな愉快な柄行きを楽しんだのですね。驚きます。

 紅葉の巻には仁阿弥道八の「桜楓文鉢」も載っています。
                  (右ページは桜の花筏文様の水指し)



 この作品の特徴である内側ビッシリの文様がよく写っています。


普通の美術書ではこんな角度から写したりせず、もっと写真の構図として格好良く、器の横から写すはず。おそらくこの本が伝統工芸に携わる人向けの編集であることから、
上から覗き込むような目線で写してくれたのでしょう。
「ほら、こんな図案ですよ」と。

同じく紅葉の巻には何度も見た懐かしい図が。


檜垣に楓散らし文様の能衣装 (江戸時代、岡山美術館所蔵)


この紅葉の色合いが自由で楽しく、
実際にはない色取りなのに模様になると不思議にリアル…
この図には結構影響を受けていると自覚しています。



ぼかし屋の訪問着の作例から。
織や刺繍の能衣装と違い、友禅の方は柔らかい印象です。
でも、要点は同じ(つもり)です。

貴重な全集!師匠ご夫妻に感謝<m(__)m>
大切に、しっかり利用していきたいと思います。


東京手描き友禅 模様のお話 | 12:22 PM | comments (x) | trackback (x)
 着物からのれんや風呂敷、本の装丁まで実用品を型絵染めで模様付けした
現代の染色家、芹沢銈介の展覧会に行ってきました。

 「芹沢銈介のいろは」
※ 東京国立近代美術館工芸館にて。5/8まで。

(写真は展覧会チラシと3/23朝日新聞記事より)

 昨年、金子量重氏から寄贈された作品を中心にした展示だそうです。前回ご紹介した横河民輔氏と同様、お陰で貴重な美術に接することができ、お志に感謝!です。


  文字文地 白麻 部屋着

 この展示で面白かったのは芹沢銈介の「文字文」もじもん。
よく「唐草文様」「樹下獅子文」などと言うのと同じで、
「文字を文様化、模様化した」ものです。

 
 1968年のカレンダー

いずれも70代の作品で、驚くほどポップで大胆!形も色合いも楽しく、こういうデザインが身の回りにあるとステキな生活感が味わえますね。

 作品はほとんど型染の実用品でもあるので、今でも買えるし使っているし、です。
ぼかし屋の場合、仕事柄で風呂敷を多用します。
所持品から芹沢銈介デザインを写してみました。


 たとう紙ごと着物を包める大型サイズの風呂敷。便利にしています。仮絵羽や下絵描きなどの作業を中断する時に、この風呂敷で作業机ごと覆って埃防ぎにも使っています。


  上は反物を包んだ綱の模様の風呂敷。とても古く色が退色しています。
  下は小物包み。野菜を模様化した図柄です。

 風呂敷と言えば…

 白生地反物は丈夫な紙で包まれていますが、持ち歩く時は、さらに風呂敷で包みますと、巻物の状態の生地をしっかり守ってくれます。そして湿気から守るため風呂敷ごとビニールで守って運びます。
 昔このように包んだ反物を生地屋さんに返しに行くとき、(数本お借りして、誂えご注文のお客様に生地をお選びいただき、残りを返却)カバンに縦に入れて運び、叱られたことがありました。
 わずかでも生地がよれるような事をしてはいけない、売り物にならなくなる、と。しっかり包み、なおかつ横に運ばなければならないのでした。
そのくらい丁寧に扱えとの教え。もちろんすぐに反物包みを横にしたまま運べる鞄を買ったのでした。
 以後、生地を運ぶたび、思い出しております。

 この工芸館は竹橋と半蔵門の間くらいにあります。

 昔の近衛師団司令部だったところで、建築遺産として貴重な建物だそうです。

 千鳥ヶ淵にも近いですよ。

4/4スマホで撮影 暗くなりきらない都心の夜空を背景に。

 二年ぶりの夜桜見物でしたが、以前と照明方法が変わっていました。
以前は花見客のいるお堀手前が明るく、今年はお堀向こう側が明るく照らされていました。
近くの桜は薄明り、遠くの桜がはっきり明るく。
 どちらがよいか意見が分かれるでしょう。今年の方が情緒はあると思います。
でも頭上に見上げる桜は…ちょっと暗くて寂しかった気がします。
展覧会ルポ | 12:08 PM | comments (x) | trackback (x)
 久しぶりに上野の展覧会へ行きました。
目的の「ボッティチェリ展」を見た後、国立博物館の常設展示へ立ち寄り、東洋館で展示中の綺麗なお皿を観てきました。


 琺瑯彩 梅樹文皿  雍正帝の時代、1730年頃 中国景徳鎮窯
 小振りですが、白い飾り皿に繊細な紅白梅が描かれていて、「これぞ磁器!」というほどの硬質感の輝く白さでした。梅の表現がとても細かく、極めて細い筆で丹念に絵付けした様子です。

 この展示に立ち寄るきっかけになったのは1/31東京新聞の記事です。



この記事のほとんどの部分は、皿の寄贈者、横川民輔氏のことが書かれています。
興味深いので、主旨抜粋で記事を紹介します。

 作品の解説プレートのほとんどに「横河民輔氏寄贈」とある。
横河氏は大正期に日本橋三越本店を設計するなどした建築家で、現在の横河グループを創設した実業家でもあり、さらに中国陶磁器の世界的コレクターの顔も持っていた。
 1932年から7回にわたり、東京国立博物館に約1100点を寄贈した。同館が所蔵する中国陶磁器約2500点のほぼ半数に上る。
 横河氏の買い付けは、清朝の衰退期に美術品が中国からへ流出し、英国はじめ欧米列強が「爆買い」する時期だった。しかも最初から公のため、つまり博物館での展示を考えての収集だった。日本で個人がこれほど寄贈するケースはまれだという。しかも、本人は目立つことを好まなかった。


 横河電機の社名は知っていても、このような創業者がいらしたとは知りませんでした。
同じ上野の西洋美術館が「松方コレクション」の名前を残して展示しているように、国立博物館も「横河コレクション」などと銘打って顕彰してもよいのでは、と思ったことでした。それぞれの作品名の小さなプレートには寄贈者名が書いてはあるのですが。

 本館の展示も季節柄で、桜の文様が多く飾られていました。

  仁阿弥道八 「色絵 桜樹図 透かし鉢」




 この作は、どの角度から見ても鉢の外側の枝と内側からのぞく枝がつながって見えることで有名です。雰囲気も材質も柔らかい日本の陶器です。


  打掛 「紅綸子地 御簾薬玉模様」(18世紀)

 端午の節句に厄除けのために御簾に飾る花薬玉を描いているそうです。
端午の節句ですが、背景は一面の桜。
女性の身を飾る打掛だからでしょうか。


お洒落な意匠ですね!図案の参考にしようかな!(^^)!

 同じ日、上野公園入口の河津桜。すでにほぼ満開でした。

展覧会ルポ | 11:47 PM | comments (x) | trackback (x)

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