東京友禅は、ぼかし屋友禅へ

 
今日は地入れ作業をしました。
刷毛でフノリを生地に塗り、生地をパリッとさせて
手描き友禅の染め工程に備えるものです。



生地に糊が効いていると染料をよく含み、均一に綺麗に染まります。
染める箇所により濃いフノリと薄めのフノリを塗り分けるのに大小二つの刷毛を使いました。刷毛は大切なものなので、使用後すぐに湯で洗い糊を落として乾燥させます。


セッセと洗って干して、ふと「随分と古びたなあ~」と思いました。

手持ちの刷毛のうち、一番新しいものと比較すると、





こんなに毛がすり減っています。もとは同じ幅五寸の刷毛なのに。

同じ商品の刷毛を染料染め用とフノリ地入れ用に分けて使います。
この刷毛はフノリの地入れ用なので、使用が激しいのです。
染料の地染用は色の系統別に刷毛を揃えるので、一本の刷毛がこれほど擦り減ることは、ぼかし屋の場合はありません。
地入れ用でまだ大丈夫と使い続けてきましたが、そろそろ引退が近いかもしれないと、今日はシミジミ思ったことでした。
でも長年の活躍を思うと愛着がありまして。



この染め刷毛は京都の川勝商店さんが売っているもので、ずっと変わらない品質です。
たっぷりした毛が放射線状に広がり、染料をきれいに染めつけてくれるのです。
生地に吸い付くように動いてくれます。この刷毛を作る職人さんが減っているそうで、手描友禅と同様、刷毛も絶滅危惧種です。(>_<)
川勝商店さんは京都のお店なので、京友禅や京都の無地染め、草木染めなど様々な分野で使われているはずです。

 刷毛に「赤系→」と書いてあるのは、
赤系の染料のぼかし染に使う刷毛という意味です。
→は、ぼかしの濃い色の方向を示すしるしです。
刷毛の向きを間違えると、ぼかしの濃淡がきれいにつきません。
刷毛に含まれた染料は作業中はよく見えないので、いちいち→を確認しながらぼかしていきます。
師匠(伝統工芸士、故早坂優氏)の習慣をそのまま真似ております。



思いつきで、染め道具類を納めている戸棚の写真を撮りました。
刷毛や染料、皿や器、顔料、糸目糊の道具などなど。



刷毛は毛を傷めないように、戸棚の中で宙吊りになるように工夫しております。
刷毛は糊地入れ用と染料の地染用は兼用できず、染料も主な色、濃淡別に揃える必要があるので、何列も刷毛が並んでいます。

高価でもありまして、大切に使用、保管しています。

※ 2014年8月9日の当ブログ「東京手描友禅 染の裏方、フノリ地入れ」にて、地入れ作業を紹介しております。
ブログのカテゴリー「東京手描き友禅の道具・作業」をお選びになると簡単に遡れます。
是非ご覧ください。本日取り上げた刷毛も写っております。


東京手描友禅の道具・作業 | 11:14 PM | comments (x) | trackback (x)
前回の風神雷神図に続き、京都で観てきた絵について。
 京都は幾度か観光で訪れましたが、今回初めて絵を見るためだけに一人で歩き回ってきました。
第一の目的は大徳寺聚光院の襖絵公開です。
 狩野永徳の原画はふだん京都国立博物館の収蔵となっていますが、聚光院の創建450年の記念に今年度に限り里帰り。本来の場所である聚光院方丈で見ることが出来るのです。



 撮影してよいのはこの門の所だけ。
庭を含め一切不可で手荷物も預けて、建物を傷めないように、とのことでした。
確かに木材は古くカサカサしていて、大勢の人が入ると負担になる感じでした。
よって以下の写真は、絵葉書、手持ちの図録などから。

   
方丈の中央の間の襖絵16面 「花鳥図」狩野永徳 大徳寺聚光院

 聚光院の花鳥図は左右の側面と正面奥の三方あります。

一番有名なのは右の側面、梅の老木を描いたもの。

右の側面、右寄りの一部

正面は松に鶴、山水を描いたもの。

           正面の左半分
襖の向こうは仏間で、見学時は中央襖が開かれていました。


 左の側面一部(右半分) 松や芙蓉に鶴、雁など。
2014年に日本国宝展が開かれた時は、この左側面が展示されました。
ガラス越しながら至近距離で観て、鶴が非常に写実的で驚いたものでした。


 松や岩が豪快な描き方なのに比べ、鶴や小禽が細かい描き方で、特に鶴は若冲を思い出させるほど羽根や足が微細な筆使いだったのを記憶しています。


 左側面の一番左端

 さて、今回は絵の前に立つことはできず、廊下側から室内を覗き込んでの鑑賞でした。
扉が全開にならないので(作品保護のためでしょう)三か所から見学の一行は分かれて覗き込むのです。
 展覧会のガラス越しでしか見たことのない絵の本物がすぐそこに…。

面白い事に気付きました。
国宝展で観た「松に鶴図」(左側面)では、松が全体(襖四面)のうち右に寄り過ぎで、


しかも右手前でこちらに向かって伸びる枝だけが不自然に濃く描かれていると思ったのですが、



 こうしてお座敷で見ると… なるほど、
本当は松の枝は、柱をはさんで正面襖の左端にも対となる濃い枝が伸びているのでした。



 想像ですが、お座敷で正面に向かって座ると、
左隅の松の枝々が自分に向かって伸びてくる感じがするのでは?
永徳が柱と角度を利用して立体感を味わえるようにしたのですね。

部屋全体で構図を見ると、正面に向かって左隅(鶴二羽と松)と、右横(梅の老木)の
二か所に重点
が置かれていたことと分かりました。

 隣室は同じく永徳の「琴棋書画図」

               写真はごく一部です。

 琴棋書画を楽しむ文人たちより、まわりの風景を重視した描き方で、岩と松の山水画のようでした。
琴棋書画図には似つかわしくない言葉使いですが、「ド迫力」を感じました。
写真はごく一部だけ。お伝えできず残念です。

狩野永徳がこの板の間で、出来上がった襖をはめ込んで眺めた時もあったはず…。
450年間よくぞ残っていてくれたものです。

 この特別公開は来年の3月まで。予約など案内のサイト
https://kyotoshunju.com/reservation/?page_id=2

予約時間別にグループ見学で、覗き込むだけ、です。くれぐれも。
でも現場で観た価値はありました!


聚光院さんは通常、精巧な複製襖をはめておられるそうです。
そちらもいつか拝見の機会があれば嬉しいですね。お座敷に座って。

展覧会ルポ | 04:05 PM | comments (x) | trackback (x)
前回ご案内したサントリー美術館で開催された鈴木其一展
会期末に再訪しました。
作品入れ替えがあって今回は其一の風神雷神図を観ることが出来ました。
(写真は図録より)





 風神雷神図は言うまでもなく、俵屋宗達以来、尾形光琳や江戸琳派、
現代の画家にも引き継がれている画題です。
 八王子市の東京富士美術館が所蔵する其一の風神雷神については写真で知っていましたが、地味だなという印象を持っていました。
琳派先達の作品が金箔の上に彩色された屏風であるのに対して、其一のものは
白い紙(絹本)の上に墨で描いて彩色したものです。

 対面しての印象は、「墨がきれい!」 金箔彩色画とは違う華やかさでした。

身体に巻き付き、風にたなびく細い衣がダイナミックで目を引きました。

 この衣を何というのだろうと、天女ではないので羽衣ではないし…と仏像用語を検索してみますと「天衣」(てんね)と呼ぶそうです。
仁王像や観音像の部位名称に載っていました。なるほど…。



 特に雷神の天衣は、其一は雷神様よりこちらを描きたかったのではないかと思うほど、画面の中で存在感がありました。
衣の線は太い筆で一気に勢いよく描かれ目を奪われます。

 初代風神雷神図たる俵屋宗達作は二曲一双の屏風、
対して其一作は広々と風神雷神お一人につき四面の襖のスペースがあるので、
この天衣と雲の動きが主役であるように、大胆に表現されているのです。





 雲の豪快さは際立っていて、水と墨の滲みは真近で見ても遠目でも美しいものでした。
絹本に墨の濃淡、滲みを利用して雲を描いているので、下書きなしの一発勝負だったかと思われます。
 おそらく絹本にあらかじめ含ませた水分を利用して墨でぼかし、半乾きを利用してさらに墨を含ませるような描き方をしていると想像しました。(私見)
 図録でも 「風神を乗せる雲は下から勢いよく吹き上げる風を感じさせ、雷神を取り囲む雲は、いかにも稲光が走りそうな雨を含んだ雲に見える」と解説されています。
まったくでした。
 会場でこの絵の前に立ち、右手を動かし続けている若い男性がいました。どうやら筆による雲の表現、描く手順をなぞっているようでした。画家の卵さんでしょうか。

 風神雷神図は宗達作を見て尾形光琳が模写し、そのまた模写を酒井抱一が模写したと言われています。


        酒井抱一 風神雷神図屏風

 当然其一は師である抱一の作品を参考にしてこの襖絵を描いたわけです。
其一贔屓の私としては、光琳、抱一が模写の範囲を出ていないのに比べ、
其一は絵画としてさらに発展させ、明らかに自分の表現を加えていると思うのです。

 実は先週、京都に絵を見に出かけました。
通常非公開の文化財の秋期特別公開に合わせ、強行軍でしたが、めいっぱい回ってきました。
 そのおり通常公開の寺院でまだ行ったことのなかった建仁寺にも立ち寄りました。
宗達の風神雷神図屏風の複製を観るためです。
現代のデジタル技術で複製されていて、私が見た位では原画と変わりません。


     俵屋宗達 風神雷神図屛風(複製)建仁寺にて

「お座敷でガラスなしで見られる」と期待していたのですが、残念ながらガラス越し。
それでも美術館の展示とは違う雰囲気を味わえました。



潮音庭越しに撮影しました。



 屏風の前に人が座って見ているのも、それを庭越しに見ているもの良いものでした。
ガラス越しではあっても、お座敷の奥の金屏風が外の光を受けて揺らめくのを感じる事は出来ました。

 建仁寺さんは写真撮影が自由でした。方丈の海北友松の襖もデジタル複製なので、「どんどん撮っていいですよ」と有難いことでした。
 この海北友松と、他の非公開寺院の狩野永徳、長谷川等伯の原画の特別公開について,
折々紹介していきたいと思います。


展覧会ルポ | 01:26 PM | comments (x) | trackback (x)
友禅染訪問着などの作図をする時に、
常に目標(遥か雲の上の存在ですけれど(^^;) にしている鈴木其一
日本美術の中で、長年にわたり一番好きな画家
江戸琳派の酒井抱一の一番弟子といわれる其一。
なのに「それ誰?」と何度言われたか分からず…
このブログでも機会あれば皆様に紹介してきたものでした。
それが!今!

サントリー美術館で「鈴木其一展」が開かれています。(10/30まで)





 其一ファンになって20年以上の私としては、其一の作品といえば、琳派関連の美術展に抱一の一門として「参考までに」飾られるばかりだったのを思うと、このような大規模な独自展が開かれること自体ビックリです。
 さっそく観てまいりました。
展覧会のチラシ(上の写真)に取り上げられているのは、
米国のメトロポリタン美術館から里帰り中の「朝顔図屏風



                    画像はNHK日曜美術館より

存在感があって前に立つと、お初にお目にかかり恐悦しごく、という感じでした。


                   以下写真は図録から

 前面金箔の上に緑と青の顔料で描かれ、この色調は光琳の燕子花図を意識しているという解説もありますが、雰囲気はだいぶ違います。
 専門家の方々の解説はあることと思いますが、
私にとって其一の「好きなところ」を説明させていただきます。

 この朝顔図の決め手は、朝顔の葉とツルが自由に舞うところにあると思います。葉はすべてほぼ正面向きです。葉の大小を変化させることでツルの動きを出しているのです。




 朝顔を写実的に描くと、葉は裏返しだったり横向きだったり曲がったりしているはず。
でも其一はそんな事には目もくれず、ツルの動きを表現するために正面向きの葉を連ねているのです。
 生け花を習うと「現したい形のために、無駄な枝葉は切り取る」ことを教えられますが、それに通じると思います。

 彼が表現したかったのは動き、流れ。
そのために必要な部分だけ描く。不要な部分は思い切りよく捨てる。
この姿勢は彼のどんな小さな植物の絵にも感じられ、そこが好きなのです。

其一の取捨選択は描き方にも表れています。



朝顔の花は群青色の複雑なぼかしで強いグラデーションをつけています。
比べて葉は緑色の単色、塗切りです。
この違いが屛風の前に立った時に感じる迫力の源かなと思います。


 今回お初にお目にかかった作品が他にも。



 富士千鳥 筑波白鷺図 屏風

 江戸庶民に親しまれた二つの名峰に、身近な鳥、千鳥と白鷺を配した図。
こちらも基一が思い切りよく必要な部分だけを組み合わせています。
山と鳥と木々、だけ。






 千鳥と白鷺のパターン化されていて、其一が「こうしたい」と思った目的のために張り付けられたかのようです。





面白い上に、画題と、左右で金銀の屏風の組み合わせから、
お目出度い場面で使いたい顧客の要望に応えたのではないでしょうか。
二曲一双(二つ折りの屏風の一対)なので、金銀並んで飾られていると、
飛ぶ鳥がグウッとこちらに向いてくる効果があります。
 この屏風は個人蔵。最初で最後のお目見えだったかもしれません。

 補足ながら、この展覧会では、基一がお客様やスポンサーからの注文に応じて描いた多種類の絵を見ることが出来ました。大名の子息だった師、抱一とは違い、其一にとって絵は生業だったのですから当然ですが、今まで気づかなかった一面でした。お寺の飾り、縁起物、季節の掛け軸などなど。
 狩野永徳や長谷川等伯のように時代に恵まれて寺や城郭の障壁画を任される機会が其一にあったら、どんな表現をしたのでしょうね。 

最後にもう一点、あまりにも小さく、綺麗だったので。


       松島図 小襖

左側

右側

 一点が約25㎝×40㎝のかわいい小襖です。
其一が尾形光琳の「松島図屏風」を模して小さく描き変えたものだそうです。
小さいので覗き込むようにして拝見すると、ホントに、本当に緻密で綺麗なのです。




 散逸していて、図録の見開き上の2点と右下の1点は、この展覧会準備中に同一作品の部分だと分かったそうです。つまり左下の空白を埋める小襖がもう1点あるはずだ!と。
全体で4枚の小襖が横に連なり、作品全体で松島図が描かれていたそうです。
床の間の脇床の下段押し入れや違い棚の襖だったかもしれません。
もう一枚、どこにあるのでしょうか。




展覧会ルポ | 03:15 PM | comments (x) | trackback (x)
昨年同様、「しゃれ帯展」が開催されます。






今年のテーマが「ゲーム」です.。
前回ブログでご紹介した染め帯「なでしこジャパン」を展示予定です。
他に先輩方の楽しい染め帯がたくさん展示されます。
是非お立ち寄りください。
(ぼかし屋宮崎は10/1土曜日に会場当番で詰めております)

お知らせ | 09:16 PM | comments (x) | trackback (x)
 帯用に厚く織られた生地を使って、染め帯を制作中です。


  下絵。生地に模様を置いたところ。
 写真上方から前柄、お太鼓柄、手先の順で下絵が描かれています。

 手描き友禅の染め帯の一般的な柄行きです。
今回はお太鼓の下にのぞく手先にも少し柄を入れました。




 図柄は王朝風の女の子二人が蹴鞠をしているところです。
衵(あこめ、少女用の袿)をおはしょりして、切り袴に沓を履いています。
本当は、年齢に関わらず蹴鞠は男性だけの楽しみ事でしたが、
ま、そこは現代の模様なので。

 パレットのように色々な色がついている「試し布」が写っています。
柄に合わせて作った染料が希望の色のなったかどうか、絹地で確かめるための小切れです。
伸子針でバッテン張りしてピンとさせて使います。




 模様伸子で張った生地の上下に、何やらハンカチが見えます。お弁当を包むような大判のもの。作業をしない部分を巻き取って汚れないように保護しているのです。
作業机近辺は始終拭き掃除して、染料粉などが生地に付かないように注意しています。




 この図案は顔があるので胡粉を使います。
すぐに使えるようになっている友禅用の胡粉ですが、念のため乳鉢で摺って使います。




 色挿しが済みました。向こう下が、梅枝の前柄です。

 ぼかし屋には久しぶりの白地の帯になります。
将来汚れが目立ってきたら、模様部分だけ伏せ糊で防染して地染めができます。
元が白いとどんな色にでも染められて、誂えが二度楽しめるので、特に器物や人物が模様の時は白地、または薄い色目の帯はお勧めです。

 あとは蒸し、洗い、湯のし屋さんへ進み、戻ってきたら金彩で仕上げ作業の予定です。
お顔も描かなくちゃ。(^^)/


9月25日 追記
 帯の仕上げが出来上がりました。
作業風景を写しました。




蹴鞠をする二人の女の子。源氏物語風に言えば女童(めわらわ)



今風に言うならサッカー女子なので、画題は「なでしこジャパン」としました。
「しゃれ帯展」に展示予定です。

ぼかし屋の作品紹介 | 05:39 PM | comments (x) | trackback (x)
 この夏、上野の国立博物館展示で、江戸期の友禅染の優品を拝見しました。

 友禅の小袖などで色が退色せず綺麗に残っているものは貴重です。
とても美しかったのでカメラに収めてきました。
(常設展示のほとんどは、有難いことに撮影自由です。何箇所か、写真に手前のガラスの反射が写ってしまいました)



  小袖(萌黄地 菊薄垣水模様)

 このように腰から下にだけ模様をつけるのは1700年代以降の雛型に見られるそうです。



裾の流水は光琳水(こうりんみず)と呼ばれます。秋草文様のお手本のようです。


  小袖(浅葱 縮緬地 垣に菊模様)

やはり腰から下の模様付けで、友禅染で菊に柴垣を描いています。
この図柄は糸目糊で防染した白い垣の強調しています。




腕に覚えの糸目糊職人が糊置きしたのでしょう。こちらは糊のお手本ですね。
1800年代のものだそうです。



帷子(浅葱麻地 流水菖蒲蔦銀杏 花束模様)

1800年代の、今ならお洒落着風の浴衣といったところ。
紋付きです。いったいどのように着付けたのでしょうか。




糊で残した波や岩の白場が冴えています。鹿の子糊(絞りのように見せる模様)も多用し、刺繍もあしらった豪華な友禅です。



 銀杏と菖蒲が並ぶなど、現在の柄行きではあまり考えられないのですが、江戸や明治期の着物を観ると、よく季節が一致せずとも自由に組み合わせて模様にしています。
そういえば桜と楓の取り合わせは、琳派の画家も好み、仁阿弥道八の「桜楓文鉢」などが有名です。
現代人ももっと自由に四季の花の組み合わせを楽しんでもよいかもしれません。

 最後に紹介するのは、友禅の、おそらく振袖が転用された例です。



 手前は「ドギン」 

 ドギンとは、1800年代(琉球 第二尚氏時代)の奄美大島の巫女さんの上着で、このドギンの下にはスカート状の裳を着用したそうです。几帳・檜扇に鉄線を染めた友禅の着物を仕立て替えたものと説明文にありました。



 これほど華やかな柄行きの染めの振袖に金糸の刺繍も。京友禅なのでしょう。大店の娘さんの婚礼振袖だったかもしれません。または新品の染め上がりを購入して巫女さんの衣裳にあてたのかも。
 この着物地はどんな運命をたどって奄美にきて琉球の巫女さんの上着になり、今上野に飾られているのでしょう…

 ドギンと一緒に写っているのは、同時期の奄美の花織の着物。遠目には無地の織物のように見えましたが、近くで見ると透けるほど薄く花菱文で織られています。とても綺麗でした。




展覧会ルポ | 01:19 PM | comments (x) | trackback (x)
 8月13日の朝日新聞紙面に、ブリュッセルで開かれた花の祭典「フラワーカーペット」が紹介されていました。本物の花を敷き詰めて作る巨大なカーペットで,
街の広場を覆うイベントで、世界中から多くの観光客が訪れると聞いています。
日本とベルギーの外交樹立150周年を記念して、今年のテーマは日本




 日本をイメージするにも富士山とか歌舞伎とか色々あると思いますが、カーペットであるためか、嬉しいことに「和の文様」でデザインされているのです。
しかも地紋のある生地に模様をあしらう友禅や刺繍の着物を彷彿とさせるので、嬉しくなってしまいブログで紹介することにしました。
 拡大しますと、




 外枠を紺地の七宝文様で取り巻き、海老茶の枠に七宝文と二重菱を配置し、内側はクリーム色の地に一面の地紋が籠目と青海波。その上に桜、竹、松、波を描き、中央に鯉や鶴、菊も見えます。



ほぼすべて日本の伝統文様です。すてきですね~~!

 伝統文様とは、「このように描いたら松とする」というような、一定の引き継がれた約束事の上にデザインされた文様の事と考えています。扇形の半円を繰り返して波とする青海波はその代表例。着物や食器、家具などに日本人が描いて、大陸文化の影響を受けながら練り上げてきた文様です。
 はるかベルギーの古い町並みの広場に、このような花のカーペットを作り上げてくださった方々に感謝、感謝です。
 このイベントは2年に一度開かれて、その時の記念すべき事柄をテーマにしているそうです。ちなみに前回2014年はトルコからの移民受け入れ50周年を記念してトルコの図柄だったそうです。
 ブリュッセル市のHPから前回の写真を2枚拝借。



 制作中の画像もありました。大勢の手で花を敷き詰めていくのですね。



 だいぶ以前にテレビで、このイベント用の花を栽培する農家が取り上げられていました。希望に沿う色の花を必要な分に足りるように、一家総出で栽培していましたっけ。

 ブリュッセルで行われるこれほどのイベントなのですから、日本がテーマになったと、もっとメディアが取り上げるべきではないかと思いますが、この時期テレビはオリンピック報道一色でした。残念…


東京手描き友禅 模様のお話 | 10:03 PM | comments (x) | trackback (x)
手描の友禅染の制作に欠かせない材料は色々。
その中に下絵を生地に描く時に使う専用の青い染料、青花(アオバナ)があります。
 先月NHKテレビで、生産農家が青花を作るところが紹介されていました。
普通はまず見る機会のない映像が流れ、
長らく使ってきた青花がどのように生まれるのか、初めて知りました。
 たいへん貴重なので映像をお借りして、
私自身の勉強を兼ね、このブログに内容をまとめたいと思います。
   ※画像はNHKBS ニッポンの里山「あおばなの咲く田んぼ」滋賀県草津市 より



 青花(あおばな)はツユクサの仲間、オオボウシバナから作られるそうです。


ツユクサを品種改良して作り出された大きめの花で、直径は6㎝ほどもあるそうです。


 摘み取り作業
 夏の午前中に(午後にはしおれてしまうので)
雌蕊を残し花弁だけを摘み取るそうです。


 それを練り、何度も布でギュッと漉し、何も添加せずに花100%の青花汁を作り、


 和紙に塗り付けます。


 液体のまま時間が経つと青色が変色するので、
和紙に含ませ乾燥した状態にしないと保全がきかないそうです。



 和紙を乾かして、さらに青花汁を塗る作業を繰り返して、


 和紙の重さから3倍程度になるまで青花を含ませて出来上がるそうです。


 友禅染をする者が手にする青花は、材料屋さんの店頭で、海苔のような形で一枚ずつ売られているもので、青花紙とも呼びます。
 商品として材料屋さんの店頭に来るまで、これほど大変な作業を農家の方がして下さっているとは知りませんでした。着物需要の低下に伴い、青花の生産が減って、扱う材料屋さんも減り、価格も高くなっています。ですが、このご苦労を知ったからには今後お値段に不満は言いますまい!
 貴重な材料ですから、買ったらすぐ冷蔵庫で保管します。色の劣化や、カビを防ぐためです。添加物ゼロなら当然だったのですね。





 青花紙は使う分だけ切り取り、水を含ませ液状にして下絵描きに使います。


誂え染めの場合、白い絹地に青で描かれた下絵をお客様に見ていただくことになります。 下絵は「新花」という化学反応を利用したものでも描くことが出来ますが、黒っぽい色でしかも退色しやすくお客様にご覧いただくには、青花の方が向いています。


  糸目糊が済んだ生地を水に浸し、下絵の青花を落としているところ。
青花は水ではかなく流れ去ってしまいます。(だから下絵用に使われているのですが)

  こんな作業をしてくれる農家はもう僅かだそうです。
番組で紹介されていたのは中村重男さん


 技術を絶やさないために地元の高校生が学んでくれているそうです。


滋賀県草津市の青花農家の皆様、手描き友禅のためにどうぞこれからも青花紙の生産をよろしくお願い申し上げます。無くなったら困ります~~。<m(__)m>
<br />

青花は田んぼのすぐ近く、こんな田園風営の中で生産されるそうです。
稲穂の間にサギが見えますよ。背丈からダイサギでしょうか。
サギがいるということはドジョウなど餌となる生き物がたくさんいる田んぼだということですね。
本当に美しい映像を見せていただきました。



東京手描友禅の道具・作業 | 11:35 PM | comments (x) | trackback (x)
手描友禅の染め作業、「裁ち切り」

 東京手描友禅は基本的に、一人の製作者が下絵から染め上がりまでの染色作業を一貫して行います。
ぼかし屋も一貫制作です。ということは…
友禅染のデザインや染色作業、その準備や後始末も自分でする、ということ。
前回ブログでご紹介した伸子針(しんしばり)の色抜きは後始末の方でした。

 よくお客様から 「一本の白い反物がどうやって着物になるの」 というご質問をいただきますので、このブログでは機会をみつけて少しずつ工程をご覧にいれています。

 今日は制作の始めの一歩、準備の一コマ、「裁ち切り」の作業風景をご紹介します。
絹の白生地をサイズに合わせて裁ち切って仮絵羽仕立ての準備をするものです。




 長~い白生地は3丈物(裾回しも含む場合は4丈物)



 尺差し「鯨尺」で測りながら、袖2枚、見頃2枚、衽に切り分けます。
測った通りに袖、見頃と切り離しますが、反物に最初の鋏を入れるのは今もドキドキします。

新花(後で色が消える)で印をうち、肩山や剣先位置など今後の作業に必要なところには糸印をつけておきます。
 表裏が分かり難い生地の時は「こちらが表側」という糸印もつけます。印の仕方に決まりはなく、製作者それぞれが自分に分かるように決めた印をずっと使っています。



生地を切り離す時は、布を織った時の縦糸、横糸から逸れないように真っすぐ切るのですが、それが案外難しいのです。

一番の難所が、衽と衿の部分を縦に長く延々と切り続けるところ。



新花で印をつけてあるものの、集中しないと縦糸から大きく脱線して切り目が曲がってしまうので、切り始めたら終点に向かってひたすら切り続けます。




切り離した生地を並べました。
           左から衿、衽、見頃2本、袖2枚です。


何だか少し着物に近づきましたね。


白生地の反物は始めの位置に生地のメーカー(機屋さん)や産地の印字があります。
 この部分が左袖後ろにくるように裁ち切ります。
仕立ての時には切り離されてしまうのですが、生地が染め上がって、剥ぎ合せ縫いして反物状に戻した時に必要なのです。
反物の表札とでもいいましょうか。
一本の白生地から染め加工した品ですよ、と伝える役目も果たします。

 裁ち切りが済むと次は友禅の初期工程へ。
仮絵羽仕立てや下絵描きが始まります。

さぁ~て!

東京手描友禅の道具・作業 | 11:20 PM | comments (x) | trackback (x)

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