2013,10,28, Monday
ぼかし染め技法による染直し
お客様からよく染直しのご依頼をいただきます。このままでは着られない大切な着物を生き返らせてほしいというご希望です。取れない汚れがついた、色褪せてしまった、色が華やか過ぎてご年齢に合わなくなった等々、着られなくなった理由は様々です。
ご依頼がありますと先ずは着物の状態を拝見してご予算、可能な技法を相談させていただきます。
今回は千葉県のU様のご依頼と染直しの状況をご紹介します。
袖や上前にとても大きなシミをつけてしまった深緑の色無地の着物です。
ここまで濃く変色していると洗ってしみ抜きをしても取ることはできません。ご家族の思い出の着物とのことで、きれいに再生して利用なさりたいご希望でした。
幸い変色のわりには着物地が傷んでおらず引き染め作業に十分耐えられそうなので、解き、洗い、染直し、金彩仕上げで再生させることになりました。
着物を解きながら変色個所を確認し、変色個所に濃いぼかし染めを当てて変色を隠せるような柄行きを検討しました。
袖、身ごろの汚れをつなぐように ぼかしを入れて引き染めします。同時に全体に同系色を色掛けし色調を一段濃くし退色を隠しました。
ぼかし染めがきれいにつながり変色部分が概ね隠れたことを確認しました。
一緒に映っているのは同時に染めた裾回し(同系の薄い色)です。もとは表地と同色の裾回しでしたが、明るい雰囲気にするため淡い明るい裾回しにしました。
色掛け、ぼかし染めをしても変色のなごりが微妙に見える所が数か所あるので、仕上げに金彩で霞と切り箔散らしを飾りました。残る変色をピンポイントで隠して、まったくと言ってよいほど見えなくなりました。
写真右端に白い縫い目が写っています。これは解いた着物を反物の状態に戻すために布を「はぎ合わせミシン」で縫い合わせた線です。
仕立て上がりの上前衿もと。
前回のブログでご紹介したように ぼかし染めで金彩で霞を飛ばせた柄行きの着物に再生してお客様にご着用いただきました。
洋服と違って着物は解いて再度はぎ合わせると一本の反物に戻せるのです。そして洗いや染色の作業を何度も繰り返すことが出来るのです。リサイクル精神にあふれた服飾文化だと思います。
お手元に「着られないけれど着たい大切な着物」がありましたが是非一度ぼかし屋にご相談くださいませ。お気軽にどうぞ。
ぼかし屋の染め直し例 | 11:48 PM
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2013,10,13, Sunday
東京手描友禅・模様の参考に
10/11放送のNHK番組「美の壺」第290回「棚」は大変勉強になる内容でした。
番組の解説によれば、大和言葉の「たな」は「水平」という意味、派生語は「たなびく」で水平に広がる」様子を表わすそうです。なるほど幅や高さは違っても棚の各段は必ず水平です。
水平にたなびく雲や霧、靄(もや)などを霞(かすみ)と呼びます。霞が幾層も水平にたなびく様子から左右非対称の棚、つまり違い棚の様式が、日本で生まれたそうです。そういえば外国の家具に違い棚はあまり見かけません。
霞をイメージした違い棚の好例として番組で紹介されたのが、修学院離宮でした。
客殿床の間、脇床の霞棚 (かすみだな)
本当に霞たなびく様子を表現したとしか思えない棚。美しいですね。
修学院離宮は江戸時代初期、当時の粋を尽くした建築だそうです。今では和風の違い棚は何となく身近にあり見慣れたものですが、この霞棚などをお手本にして発達してきたとは知りませんでした。
修学院離宮は拝観が自由ではありませんが、いつか見学したいものです。
さて、霞棚の話からとびますが、もう一つ着物屋としての話題を。
番組のテレビ映像を見直していて気付いたのですが、霞棚の下にしつらえた物入れの戸の襖絵が なんと「張り手に掛けられた反物」です。
拡大してみます。
小襖の四面通しで 綺麗な反物が張り手で横に張られている図柄です。
掛かっている反物は豪華な模様の着物地なので、本当に洗いか染めのために張り手に掛けているというよりは、襖絵の絵柄として着物地を見せるために張り手に掛けた状態を描写したのでしょう。それにしても格式ある広間の襖絵に「張り手」が描かれているのは初めて見ました。
屏風絵や襖絵に着物自体を模様として描く場合、衣桁に掛けた状態や、綱にかけて陰干しをしている様子などを図案化して描くことが多いのですが、反物の状態で、しかも張り手に掛かっている様子は珍しいのです。
上部の霞棚が左右非対称に横に流れる線を強調しているので、下部の小襖の絵も横に流れる意匠として「張り手に掛けた反物」が選ばれたように思われます。
霞棚と物入れ全体が調和して脇床ながら完全に隣の床の間を圧倒していますね。
霞はご存じのように日本の代表的な文様の一つです。
友禅染では霞文様としてだけではなく花模様などと組み合わせて華やかな柄行きを作る役目も果たします。
私は模様に霞が飛ぶ柄が好きで、よく用います。
花に霞が加わることで空間がイメージされて立体感が出ます。この霞は花と地色に合わせて銀霞です。
こちらは色無地に金銀の霞と切り箔散らしをいれた着物です。
裾模様と上半身に絵羽で霞を流し、ぼかし染めで地色に濃淡をつけ、単なる色無地よりお洒落感を出しました。
実はこの色無地は染直しの着物で、お客様の愛着のある色無地の着物を再度活躍できるように直したものです。工程の最後に仕上げで霞を入れる作業中の写真です。
次回はこの「染直し」についてのお話です。
追記:続きは2013年10/28のブログ「ぼかし屋の染直し例」でご覧いただけます。
東京手描き友禅 模様のお話 | 09:32 PM
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2013,09,29, Sunday
東京手描き友禅の道具・物差し
手描き友禅、特に東京手描友禅に多い創作一点物を染める場合、お客様の体型に合わせた丈、幅に仮絵羽仕立てを行うので寸法取りはとても大切です。着物は絵画ではありませんから、実際には模様の中を縫い線が通ることになります。模様を綺麗に見せるため縫い線の位置も考慮して図案を考えます。
いずれにせよ模様を考えて下絵が完成するまで物差しは手放せません。
愛用の物差し
下から①メートル、②メートルと鯨尺(くじらじゃく)兼用
③~⑤鯨尺 大中小、⑥曲尺(かねじゃく)
もちろん一番出番が多いのは③、④、⑤の鯨尺です。
②の兼用タイプも重宝しています。⑥の曲尺は本来は建築関係で使われるそうですが、地方によっては曲尺で寸法をおっしゃる方もあり用意しています。
①の竹製の30㎝物差しは我が家にかなり古くから存在していて購入時期は不明です。4,50年前のものではないかと思います。
この写真をご覧ください。
上は古い竹製、下は今の竹製の物差し
物差しの断面を比べると古い30㎝物差しの断面は端がすっと伸びているのがお分かりになるでしょうか。指で物差しの端をすーっと触るとかなり鋭利に竹をカットしているのが分かります。これなら設計図など誤差の許されない線も正確に引くことが出来そうです。
比べて今時商品の下の物差しは竹の端が厚さ数ミリあるのです。ペンをあてる角度によって線にズレが出やすい形状です。着物の制作には差支えないので気にせず使っておりますが、竹の物差しとしての価値は昔の物の方が高いわけです。作る人の腕も違うと思いますが、おそらく材料の竹も違うのではないでしょうか。固い竹でなければ端を鋭く仕上げることは出来ないでしょう。
ご参考までに鯨尺と曲尺を並べてみました。
上が曲尺、下が鯨尺です。同じ1寸でもかなり違います。
最後の写真は便利に使っている巻尺型の鯨尺です。
お客様の着物のサイズを決定するのに、お手持ちの着物のサイズをお客様自身で測っていただきますが、鯨尺はお持ちでない場合が多いのでこの巻尺をお送りして使っていただくのです。物差しと違って巻尺は封筒に入れて簡単に郵送できるので便利です。
東京手描友禅の道具・作業 | 10:55 PM
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2013,09,16, Monday
東京手描き友禅(無線友禅)の参考に。安野光雅さんの「御所の花」展
高島屋東京店で開催された「御所の花」展を観てきました。
絵本など様々な分野で有名な安野光雅さんが皇居に咲く武蔵野の花々を描いた展覧会です。さぞかし綺麗な水彩画だろうという期待そのままに色の濃淡、陰影の美しい優しい色合いの作品を拝見できました。

8/27付 朝日新聞より
桔梗の作品が大きく取り上げられています。このまま無線友禅(糸目糊の防染をせず水彩画のように描く東京手描き友禅の技法の一つ)になりそうでした。
記事によれば、今回描いた作品中で安野光雅さんご自身、一番のお気に入りは「ホタルブクロ」だそうです。私にとってもホタルブクロは育った武蔵野台地の林、藪、野原の記憶に結びついています。

図録より。「ホタルブクロ」 隣のページは「アジサイ」
私は「隣のトトロ」の主人公の妹役メイちゃんに、さらに小さい妹がいたら私の年恰好だと思っておりまして、「隣のトトロ」よりは宅地開発が進みだした武蔵野の野原(のっぱら)で、幼稚園から小学生にかけて、遊び呆けて育ちました。その頃ホタルブクロとカラスウリの二つは 「なかなか見つけられない宝」でした。
ひょんな拍子にふと足元の一群れのホタルブクロに気付いたりすると子供同士でそうっと触り、「他の人には教えないことにしようね」なんて!子供って面白いですね。あの秘密感覚は何だったのでしょう。手折って持ち帰るという発想はまったくありませんでした。懐かしい…
ホタルブクロの隣のページは、これも私の好きな紫陽花です。
このブログでも取り上げております。https://www.bokashiya.com/blog/e23.html
ちなみに紫陽花を好きになったのは大人になってからでした。
せっかくなので「カラスウリ」のページもご覧ください。

「カラスウリ」 隣のパージは「桔梗」
カラスウリもなかなか見られない秋の実でした。たまに見つけても必ずといってよいほど手の届かない場所にありました。子供の目には本当に遠い宝でした。
もう一つ懐かしい花の絵がありました。
「カタクリ」 隣のページは「カリン」
カタクリの花は私の子供時代の記憶にはないのですが、手描き友禅の仕事を始めてから「カタクリ」を描いた訪問着をご注文いただいたことがあるのです。その時に色々調べてその可愛らしさを知るにつけ、こういう足元に咲く一見地味な花を愛でるお客様のお人柄も見習いたいものだと思ったのでした。
当時は記録を残すことの必要性をまったく理解していなかったので、何の写真も残っていないのですが、その時の訪問着とお客様を折々懐かしく思い出しております。
カタクリの花は子供が簡単には踏み込めない林の奥にあったのでしょうね。
展覧会ルポ | 12:57 PM
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2013,09,01, Sunday
東京手描き友禅 模様の参考に・菊の花
まもなく9月9日、重陽の節句。そこで今回は友禅染の代表的な模様である菊の花についてです。
菊の花には古来様々な表現方法があると思いますが、私は写実的でオーソドックスな表現が好きで、特に江戸琳派の画家、鈴木其一(すずききいつ)の描く菊が好きです。
菊図 鈴木其一 (ボストン美術館所蔵)
菊の花が満開で花の重みでしなっている様子、花弁の白にほんのり紅がさしているところも綺麗で、花も葉も隙のない無駄のなさが美しいと思います。
かなり古い話ですが、上野の松坂屋で 「ボストン美術館所蔵・近世日本屏風絵名作展」が開催された折の出品作なのです。もう一度観たいものですが、ボストンは遠く実現していません。昨年ボストン美術館の所蔵品展が日本の主要都市を回りましたが、この作品は来日しませんでした。松坂屋でも見た光琳の松島図などが再来日しましたが、この基一の菊図は地味な小品なのでかえって出品作に選ばれにくいのかもしれません。女性の居間にさりげなく置かれていたかと思うような小ぶりな屏風なのです。
図録を確認しますと、松坂屋さんの創業370年の記念事業とあります。バブル景気の頃でしたから、百貨店業界もこれほどの催しをするだけの力があったということですね。
同じ菊を描いて尾形光琳の場合の表現をご覧ください。
尾形光琳 「四季草花図屏風」一部
光琳の方がザックリ大胆です…が、私は鈴木基一の菊の方が好きです。まったくの好みの問題なのでご勘弁ください。
でも同じ光琳の菊でも、こんな表現もあります。
菊文様肩衣
このお饅頭のような表現の菊は「光琳菊」と呼ばれ、着物の模様の名称にもなっています。ザックリした菊の表現をこのように発展させるところは、さすがに天下の尾形光琳です。
この光琳の影響を強く受けた江戸の画家が酒井抱一、その弟子が鈴木基一です。彼の生家は染色業を営んでいたそうです。図をそのままなぞって糸目糊置きできそうな整理整頓された其一の描き方はそのせいかもしれません。
琳派の絵について生意気にも文章を書いてきて、最後に恥ずかしながらぼかし屋の菊の一例もご覧ください。HPにも載せた訪問着の一部です。気分だけは其一で描きました。
季節の便り | 10:56 PM
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2013,08,18, Sunday
東京手描き友禅の道具 筆
東京手描友禅は文字通り手描きの友禅染めですから、多くの染め筆や刷毛を利用して、糸目糊で防染した模様に一か所ずつ手で色を挿して描きます。 染め上がりに防染糊の跡が糸の目のように白く残るので糸目友禅と呼ばれます。
糸目糊の防染をせずに絹地の直接模様を筆で描く無線友禅と呼ばれる技法もあります。絹地の上に描く水彩画のような感じです。
普段使う染め筆を一部写してみました。
手描き友禅の技法では、どちらも多くの筆、刷毛を利用します。一度使用した筆、刷毛は完全に染料を落とすことは出来ないので基本的に同系統の色合いの彩色に使い続けることになります。ですから赤系、青系というように数多くの筆を持っています。
筆の写真など写すことは普通ありませんが、今回撮影してみるとなかなか面白いものですね。上からアップで写してみますと…。
赤系統で使っている筆のラインアップです。
赤い花をいくつか描く場合、同一の赤ですべて色挿しするのではなく少しずつ違う赤を作って色挿しすると染め上がった時に見栄えする模様になります。ですから筆も同時に沢山使うことになります。
ほとんどの筆、刷毛類は京都の染色材料屋さんの川勝商店さんのものです。長年愛用しています。きちんと手入れしながら使うと長く使い込めるので助かります。
模様の色差し用の小さな刷毛もあります。
刷毛の毛先は片方だけが長いので「片歯刷毛」(かたはばけ)と呼ばれています。
例えば花びらの中の先端だけ濃くしたりするボカシ染めに利用します。サイズが多く数の大きいものほど大きな刷毛です。私は3号から6号を利用しますが、一番活躍するのは5号の片歯刷毛です。
染め筆ほどではありませんが、一つの刷毛は同系統の色でだけ利用する点はこちらも同じです。
ですから色挿しの作業中は作業机の上は大変にぎやかです。
皆様もたとえばネクタイやニット製品をお選びになる時に 「よく似たタイプだけど こちらのほうがステキ」と思って手に取ったらお値段が高かったというご経験がおありだと思います。同じグレーでもよく見ると様々な色合いの糸が織り込まれている方が全体の色に深みが出てステキな仕上がりになります。手描き友禅もそれと同じです。
同じ花、葉でも少しずつ違う色を挿していくことで全体が、たとえ地味な着物でも華やかさのある色目になるのです。
そういう訳で筆と刷毛は沢山たくさん使うことになります。
東京手描友禅の道具・作業 | 11:50 PM
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2013,08,04, Sunday
東京手描き友禅の参考に。模様「格天井」について。
久しぶりに箱根に行ってきました。曇りがちで富士山は拝めませんでしたが、涼しい芦ノ湖の遊覧船などを楽しみ、短いながらも避暑気分を味わいました。
箱根の宮ノ下にある老舗の富士屋ホテルに初めて行ってみました。宿泊は予算オーバーなのでお昼にランチだけ楽しみました。お料理はもちろん美味しかったのですが、古い木材で作られたロビーやダイニングルームが特に素敵でした。
このダイニングルームは天井の作りが格天井(ごうてんじょう)と呼ばれる様式です。窓や柱も立派で、そこにいて雰囲気を味わっているだけで十分ご馳走でした。

富士屋ホテルHPの写真より
格天井とは日本建築の天井様式の一つで、格子に組んだ角材が天井板を支えるものです。神社仏閣など格式高い建築では格子で区切られた正方形のマス目のそれぞれに天井絵を描いてあり大変豪華なものです。
多くの場合その天井絵が花鳥だったこともあり、格天井そのものが着物の模様の題材として使われました。格子で区切った正方形の中に四季の花々や鳳凰、向い鶴などのお目出度い模様を描くので格調高い柄行きになります。袋帯や黒留袖の柄に用いられることが多いようです。残念ながらぼかし屋には作例がありませんので、西陣織の織屋さんのブログからお借りした写真をご覧ください。

袋帯 梅垣織物さんのブログから
https://ameblo.jp/umegakiorimono
梅垣織物さんのブログは掲載の写真が綺麗なだけでなく、織物についての説明が参考になるので折々拝見しております。この格天井の袋帯も本当に美しいですね。格子で区切っているために固くなりがちな模様ですが、柔らかい色合いの上品な袋帯になっています。パキッとした紺地の着物にこんな帯を締めたら引き立つことでしょう。
この模様は西本願寺白書院の格天井を参考に制作なさったそうです。

西本願寺白書院
建築だけでなく、着物の模様は日本伝統の色々なもの、扇や箱などの道具類、楽器、風景、家紋、四季などなど…を元にして作られています。これからも機会をとらえて模様のお話をしたいと思います。
たとえば富士屋ホテルダイニングルームの窓には御簾がかかっていました。
御簾も模様になるのです。次の機会に取り上げたいと思います。
それにしても素敵なダイニングルームでした。いつか宿泊してみたいものです。
東京手描き友禅 模様のお話 | 10:52 PM
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2013,07,21, Sunday
街角で友禅流し?映画の一場面から
友禅流しといいますと、川の流れを利用して染め上がった反物から余分な染料や防染糊を落とすために川の中の杭に反物の端を引っかけて、反物を長く川の流れに泳がせながら洗うものです。ご存知のように今では観光風物的に金沢などに残るだけです。
6月27日に放送された昔の映画に友禅流しを思わせる大変興味深いシーンがありました。
「宮本武蔵 一乗寺の決斗」1964年 東映京都制作
中村(萬家)錦之助主演、内田吐夢監督
京都の街中の大きな屋敷前という設定。画面左下に川の中で作業をする人が二人写っています。二人とも布を洗っています。一人は棒で布を叩いて、もう一人は川の中に立ち、反物を流し洗いしていて布が下流に長く伸びて水にゆらいでいます。二人が男性であるところから、これは日常の家事としての洗濯ではなく反物を生産する染色作業だろうと思われます。
映画を作成するにあたり全盛時代の日本映画は訴える力を高めるために、これほど細かい映像作りをしたのだと感心するばかりです。
特にこの映画では剣の道を追及する武蔵の生き方と対比させて庶民が繰り広げる営みの描写が随所にあります。その営みの一つとして染色作業をしている職人が取り上げられているのです。決闘申込みに来た武士団を武蔵が見送り、自分も外出するシーンですが、ただ川だけが写っていても差支えないところを、二人が黙々と川で作業をしている情景の中に武蔵をおくことで武蔵の立場の特異性が際立ち映像に膨らみが出ていると思います。
時代考証の上での映像として見ると、街中のこのような小さな流れも染色に利用されていたという事なのですね。洗濯は川でしていたのですから同じことでしょうか。そういえば宮本武蔵は江戸初期の剣豪。友禅染が生まれた時代ですね。
興味深いのは庶民の営みの描写として農作業や商店、行商といった生業と並んで染色職人が取り上げられたことです。現代と違い、監督さんはじめ当時映画を作った人々にとって着物の染色作業が身近にあったからではないかと思うのです。
家庭でも昭和40年代位まで張り板や伸子針を使った着物の洗い張りが家事の一部と見なされていたようです。着物を解いて洗い、きれいに形を整えて干してから再度縫い直すという一連の作業ができる女性が少しずつ減り、昭和60年代終わり位でほぼ全滅したのではないでしょうか。
かく言う私も手描き友禅の制作上必要なので仮絵羽仕立て(仮縫い)は致しますが、本縫いは専門の仕立屋さんにお願いしております。
今回の「宮本武蔵」のように昭和40年代までの日本映画は、作品の良し悪しとは別に、着物の着こなしが勉強になります。今の俳優さんと違い、着物を日常生活で着ていた人々が演じるので、「実際に着て生活したらこうだろうな」と思う自然な着崩れをしているのです。それに、女性が料理をするので袂を帯にサッとはさむ、男性が急ぐのでちょいと尻っぱしょりする、といった仕草もまったく自然で「着物の時代の日本人はこんなふうだったのか」と、現代人としての私は別の民族を見るかのような目で観察してしまいます。
いまさら着物の日常に戻ることはあり得ませんし、このような古い日本映画が放送されることも減っていくのでしょうね。
この機会に家事として着物の洗い張りをしている女性を描いた名画を紹介します。

上村松園「晴日」
洗い上がった反物に伸子針をうって幅を整えながら干している女性が描かれています。家事労働する女性をこんなに美しく描いた絵は他にないと思っております。
竹の細い棒の先に針のついた伸子針を真剣に扱う女性の眼差し。彼女の着る着物や帯揚げなど小物類の色合いも見事です。失われた日本の風景というわけです。
着物あれこれ | 07:38 PM
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2013,06,23, Sunday
手描き友禅を誂え染めで制作する場合は、着物の図案から自分でおこすので、勉強のために美術、特に日本画はよく観るようにしています。もっとも若い頃はヨーロッパの絵画が好きでしたが、面白いもので年齢と共に日本画が好きになり、今は勉強のためと意識せずに単に好きで観に行きます。
余談ながら以前は、特にフェルメールが好きでした。今のように日本で人気が出る前ですから、かなり古くからのファンだと自惚れています。 昨年の「真珠の耳飾りの少女」はもちろん見てきました。近くで見ると青い少女の青いターバンが実は色々な微妙な色彩で表現されていたのが印象的でした。
さて寄り道しましたが、今回の「もののあはれ」と日本の美展について。
思いのほか源氏物語絵がたくさん出品されていました。特に住吉具慶の四季を題材にした一巻のうち、秋で取り上げた「野分」が興味深いものでした。野分で倒された庭の草花の側に女童たちが描かれているのですが、その縮尺がまったく自由奔放です。
桔梗、萩や薄が女童よりずっと大きいのです。それが全体で見た時に、風で倒れた秋の草花、「まあ、こんなになってしまって」と憐れむ女の子たち、その様子を屋敷内から見守る大人たち、という順序で素直に目に入ってくるのです。
それに倒れた秋草は、そっくりそのまま着物の図案になりそうでした。すっきり必要な枝だけ残して他は切り捨てた生け花のようだと言うべきかもしれません。巻物ですから絵も小さいのですが、目を凝らして観ました。
MOA美術館の所蔵 https://www.moaart.or.jp/
上の写真は江戸時代の琳派、鈴木其一の芒野図屏風です。屏風全体に、このように単純化された芒が濃淡と僅かな色彩の違いだけで表現されていました。
実は鈴木其一は私が最も好きな日本画家の一人です。鈴木其一の作品はこれまでに複数見ましたが、花鳥を色彩豊かに描いている作品が多かったので、この屏風は少し驚きました。一面の芒野原ですね。ススキの「芒」という字の形が似合っていると思いませんか。
所蔵は千葉市美術館 https://www.ccma-net.jp/index.html
最後に絵画ではないのですが、すっかり感激してしまったのが、この写真の茶碗です。
江戸時代、野々村仁清の色絵武蔵野文茶碗です。
実は私は茶碗の良さがあまり分からないのです。国宝の、と言われれば「ああ、そうなのか」と思う程度で、拝見しても素晴らしいと思うことは今までなかったのですが、この仁清の茶碗は違いました。僭越ながら一目ですっかり気に入ってしまいました。
淵も胴部分も何となく波打った感じ。茶碗の内側から外へ向けて、ほんの一刷毛か二刷毛で掛けた釉。釉の掛からなかった素地の部分にだけ一面の芒が描かれているので、釉の掛かった部分はまるで野原にかかった霧か霞か、といったところ。素敵でした。
この茶碗を手にして野々村仁清がササッと釉を刷いた瞬間があったと思うとドキドキしました。
大阪の湯木美術館の所蔵だそうです。ぜひ訪ねてまたお目にかかりたい茶碗でした。
湯木美術館https://www.yuki-museum.or.jp/
いずれも素晴らしい作品を選び展覧会の趣旨がよく伝わる内容で、こうした企画展を開くサントリー美術館に敬意を感じました。
最後に前述の余談にでたフェルメールですが、彼の作品の中で私が一番好きな作品の画像が検索出来ましたので、ご紹介します。
ドレスデン美術館所蔵 「窓辺で手紙を読む女」
フェルメール初期の作品だそうです。彼の個性である「画面片側から差し込む柔らかい光」が際立っています。深緑色に沈み込んだ静けさの中に、女性の横顔がただただ美しいです。
観たのは高校生の時!古い記憶です。いつか再会したいと思っています。ドレスデン、なかなか遠いですが。
展覧会ルポ | 07:34 PM
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2013,05,25, Saturday
着物洗いの幟に感激
以前から一度は、と思っていたのですが、東日本大震災の被災地、宮城県南三陸町を訪ねてきました。何のお手伝い出来る訳でもないのですが、観光客として宿泊、買い物をするだけでもと思っていたところ、手ごろなツアーがあったので実行いたしました。
新幹線で昼には仙台到着。そこからレンタカーで三陸道を北へ。途中で日本三景の一つ、松島も寄りました。松島も初めてだったので大急ぎで見学し、再び北へ。東松島、石巻など被災のニュースですっかり馴染んだ地名が続き、夕刻には南三陸町に入りました。
翌朝、宿泊ホテルの主催する語り部ツアーで約一時間、津波被害にあった地域をバスで回り説明を受けました。
被災の事について感想めいたことを言うのは憚られますが、一番感じたことだけ書きます。
報道されている通りには違いないのですが、実際に現地に立つと、あまりにも広い範囲だという、横の広がり感と、あんなに高い崖の上、ビルの屋上まで、という縦の高さ感に唖然としました。それほどの海水が街を覆ったのか、と。
木材の瓦礫は片づけられて、電柱が立ちガソリンスタンドが営業したり仮設市場が再開したりしているのですが、それだけに本来あったはずの街がすっぽり抜け落ちている感は大きいものでした。そこにあった仕事やら生活の雑事やら、子供の遊びやら喧騒やら。そういうものが無い感。
途中に何もないため水門が間近に見えるのですが、説明では「あの水門の高さの倍の高さで津波が街に押し寄せた」とのこと。今は穏やかに広がる水面からは信じられない事実で、同じく海の近くに住む私は、そんなことがあり得るのかと改めて思いました。
商店街だった所には、白い立て看板のようなものが沢山見えます。ガイドの方の説明では、それぞれの店の商売内容を表す絵や、気持ちを書いた文を、切り絵のように白いボードを切り取って表現したものを、店のあった場所に飾っているそうです。
何でも南三陸では、お正月には神棚を白い紙の切り絵で飾る習慣があるそうです。その「きりこ」と呼ばれるお飾りを「きりこボード」として被災した街々に飾るのは、被災者の方々によるプロジェクトだそうです。
語り部ツアーの後はレンタカーで個人的に再度訪問。高台にあるベイサイドセンターの写真などの展示も見学しました。近接して木造の真新しい幼稚園がありました。杉の被害材を使って建築し、海近くの低地にあった幼稚園が移転したのだそうです。なんでもサッカー日本代表キャプテンの長谷部選手の援助があったそうです。さすが長谷部キャプテン!
長谷部選手のような援助は出来ない私は、せめて買い物で貢献するべく、商店街が集団で再開した「南三陸さんさん商店街」へ。東京では考えられない海産物のレベルの高さ。色々買い込みました。

嬉しいことにクリーニング屋さんに「きもの洗い」の幟がありました!東京ではトンと見かけなくなった表示。こちらでは今も着物洗いのニーズがあるのだと思うと嬉しい、嬉しい。心の中で「染め直しや新規のご注文は、ぼかし屋へ」とつぶやいた事でした。
着物あれこれ | 08:41 PM
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