東京友禅は、ぼかし屋友禅へ

 
東京手描き友禅の着物は模様のモチーフが自由なのが特長です。
組合の方々には江戸風景を得意とする方や猫を組み入れた模様に取り組んでいる方もいらっしゃいます。花の模様は一般的なので誰しも描くのですが、ぼかし屋は花の中では着物模様にあまり使われない紫陽花を染めるのが持ち味だと思っております。


ベランダの鉢植えの紫陽花。今年は絶妙な色合いの一輪ありました。
青から紫、ピンクへ。緑と黄もありますね。色の移ろいというのはこういう事なのでしょうね。
友禅で、どう染めようと自然には勝てません…


ぼかし屋の紫陽花の訪問着。試着の様子。襟から胸、袖へと色を少しずつ変えながら染めました。



今年は葉に見事な斑が入っている紫陽花に出会いました。

  斑入りトキワアジサイ
さほど遠くないのに初めての見学となった京成バラ園にて。

バラ園の奥に池があり紫陽花がたくさん植えられた一角があり、


白、緑、黄色の斑がくっきり入ったこの紫陽花が見頃だったのです。




 このような美しい斑入りの葉を主人公にした紫陽花の着物も、自然に勝てないとめげずに染めてみなくちゃ!と思ったことでした。ただし紫陽花は季節性が強いのでお客様の着物にはなりにくく、どうしても展示作品用となりますが(^^;)
京成バラ園ではで見たバラの数々については是非次回に。

季節の便り | 05:31 PM | comments (x) | trackback (x)
着物姿に欠かせない帯。代表的な結び方といえば「お太鼓結び
着物に携わっていながら恥ずかしいことに名前の由来を知りませんでした。
丸い太鼓を背負っているみたいだから?と何となく思っていましたが。
先日5/3の朝日新聞記事に答えが載っていましたので紹介します。



記事の最後に
1817年に亀戸天神の赤い太鼓橋が再建された時、渡り初めに招かれた深川芸者たちが、これまでにない帯の締め方で勢ぞろいして江戸っ子の喝采を浴びた。それがお太鼓結び」と紹介されています。
いや、知りませんでした(^^;)

1817年といえば明治維新まであと約50年。江戸時代も後期。
きっちり線引きはできないものの、戦国時代終わりから江戸初期にかけて小袖が着物の主役となるにつれ帯は実用的な細帯から装飾的な幅の広い帯へと発達していきました。

参考までに江戸の帯結びがどんな感じだったか、鳥居清長(1752~1815)の浮世絵美人画をご覧ください。
清長はお太鼓結びが登場するより前の時代の浮世絵師です。


遊女と禿。元旦の晴れ着で勢ぞろいしているところ。

江戸時代を通じて帯は前結びと後ろ結びが混在し、花柳界では前結びが多く
武家社会や労働する女性の間では後ろ結びが多かったと一般的に考えられています。

こちらは大奥の元旦行事。後ろで文庫結びにした上から打掛を羽織っています。


後ろで結ぶ場合でも蝶結び系の「お文庫結び」などでした。


一般女性。振袖の若い女性は後ろで、貫禄のある成人女性は前で帯結び。

前結びにしろ後ろ結びにしろ帯はダラリ結びや蝶結びが多かった江戸時代。そこへ芸者衆がお太鼓結びで橋の渡り初めに勢ぞろいしたら確かに目を引いたことでしょう。結び目を帯自体で隠して、左右の手先も垂らさずに四角い太鼓の中に隠してしまう「お太鼓結び」はしゃっきり小さく粋に見えたと思われます。

さてこの記事、主眼は帯結びではなく太鼓橋の方。
歌川広重の「名所江戸百景」はゴッホや印象派の画家たちに影響を与えたのは有名ですが、モネが描いた睡蓮の作品群に登場する太鼓橋は、彼が自宅の庭に日本風に作らせたもので、名所江戸百景の中の亀戸天神の太鼓橋がモデルだというお話なのです。

新聞は白黒印刷なので、記事中の「亀戸天神」と「睡蓮」のカラーでどうぞ。


亀戸天神の太鼓橋


モネの睡蓮
「睡蓮」はたくさんありますが、この作品は明るい色調で水と光が描かれていて程よく写実的。とても美しい絵だと思います。箱根のポーラ美術館の所蔵。今展示中だそうですよ。

着物あれこれ | 10:12 PM | comments (x) | trackback (x)
東京手描友禅、模様の参考に、友禅染の柄行きに重い軽いという言い方をする意味は?

振袖の柄行きのお話が前回のブログでした。
全身に均等に模様があるより、模様の多い所と少ない所を作った方が、友禅染の振袖や訪問着は綺麗に見えるというお話でした。
上前の左胸や膝の辺りで模様を多くすると友禅染が綺麗に見えることは「様式美」となっていて、礼装の着物をデザインする時の原則のようになっているのでした。
本日はその続きです。


こちらはぼかし屋の訪問着。
全体に紅葉が流れていますが、紅葉の配置は原則通りです。

姉様畳みで着装した場合の様子を想像しやすくした写真。


下前(右胸)には紅葉はありません。地色も衿を境に左右の胸で違う色(ピンクとベージュ)が向かい合うような配色です。


手描き友禅の誂え染めで柄行きを決める時、模様が多い部分を指して「柄が重い」といいます。他にも「この辺の模様を重くしよう」などと言います。「少し重すぎるから、野暮にならないように軽くした方がいい」とか。
どの辺りに紅葉を多くして、柄を重くするかは本来は自由で決まりがある訳ではないのですが、やはり様式美を意識して友禅模様の軽重を考えると綺麗に落ち着くのです。


裾模様。褄下の線を境に、写真右側が上前(着た時に前膝辺りにくる部分)左側は下前(上前の下に入り込む部分。歩くと見える)。
やはり模様の重いポイントや地色が左右で重ならないよう互い違いになっています。
振袖や訪問着といった手描き友禅の着物は、衣桁に飾れば日本画のように、着ると模様に軽重のある粋さが求められていると考えております。
理想ですね!
柄行きを考えている時に原則に戻って手直ししてスパッとはまると、伝統には勝てないなと思います。
(^^;)

東京手描き友禅 模様のお話 | 05:35 PM | comments (x) | trackback (x)
昭和の豪華な振袖

この着物ブログは幅広く着物、着る物について話題にしておりますが、今日はテレビで見かけた「昭和の手描き友禅の振袖」を紹介します。(画像はテレビからお借りしています)


NHK BSプレミアムで毎朝7時30分から昔の朝の連ドラを再放送しています。現在の「芋たこなんきん」は、小説家、田辺聖子さんの生涯をモデルにしたドラマで、大変評判のよい放送だったと思いますが、当時見られなかったので今回は録画しながら、楽しく観ております。
中年になってから恋愛結婚した主人公。
披露宴で着た振袖が素晴らしい手仕事の友禅染でした。

ドラマの舞台は1960年ごろ。高度経済成長期で、着物の生産、消費はたいへん活発でした。
主人公は芥川賞作家、売れっ子小説家だったので、お色直し衣装は豪華な柄行きの友禅の振袖となったのでしょう。
披露宴が済んで家族だけになりくつろいている場面。


手描き友禅独特の柄置きです。
上前(左胸)にタップリ模様を置き、下前(右胸)は無地です。
このように左右で差をつけると、どんなに豪華な柄行きでも落ち着きが出て上品な着物姿になります。一種の「様式美」ですね。


当時、白地の着物が流行したと、年配の呉服屋さんから聞いております。美智子様がご結婚の時期に白地に模様を描いた着物をお召しになったことがきっかけだそうです。

一家がお茶している居間も昭和博物館のようですね。
卓袱台の上に急須、タンスの上に仏壇。
それから!右端の座っている女性は主人公の母親で、来ている黒留袖が現代のものより裾模様が地味です。模様の量も色目も年齢に合わせてかなり控え目でした。


疲れ果てて着替えもせずに布団にひっくり返った主人公。光の加減で絹生地に沙綾形の地紋が浮き出て、さらに豪華に見えますね。


少々無理にズームしてみた模様部分。
真糊(餅粉と糠で作った糊)で糸目糊をおき、手仕事で色挿しした振袖だと分かります。糸目糊のあとには、真糊独特の透明感があります。


糸目の上の金線も手仕事です。
白地にくっきりと濃いめの色合いで一面の花。あまり色をぼかさない色挿しであること、ドラマは大阪を舞台にしていることから、この振袖は京友禅ですね。
着物あれこれ | 11:30 PM | comments (x) | trackback (x)
先週機会があって比叡山へ登り、市バスに乗ってですが、初めて延暦寺を見学しました。
京都市街から小一時間、傾斜のきつい道路で眺望は素晴らしかったですよ。


手前は琵琶湖。大津市を見下ろしています。

さて、まずは壮麗な根本中堂へお参りと思ったら!!


その位置は巨大な建物で覆われていました。
改修工事をしていると聞いてはいたものの、このような本格的な工事中とは知らなかったのでした、お恥ずかしい。
延暦寺ホームページによれば大屋根の葺き替えを含む大工事。


よく考えれば100年に一度と言われるような大工事に遭遇したのは幸運でした。
覆いの中に見学用デッキが作られていて工事の状態を見学できるのです。本堂の内側でお参りもできました。


本堂と手前にある回廊の間、中庭にあたる位置の上空にデッキがあるわけです。

デッキの広さをみれば大屋根の高さが作り出す空間が大変広いことが分かります。


吹き替えた大屋根がほぼ姿を現した段階。屋根の形が分かります。



これは大屋根の庇のすぐ下の飾りの部分。完成してしまえばはるか上になってしまう!地面から上を向いても見えないでしょう。

見下ろすと回廊の屋根もだいぶ出来上がっていました。


ここまでの工事の様子の映像紹介もありました。
檜の大木を切り出しているところですね!


堂内は撮影禁止だったので残念でしたが、きちんとお参りできました。
根本中堂は参拝客がお参りする所から下に落ち込んだ位置にお坊さん方がお勤めする場所があり、そこから見上げる位置(参拝客の目線位置)に最澄さん以来という大きなお灯明があるという少し変わった作りです。
仏事は通常どおりの様子で、左端に熱心に経典を読んでいるお坊さんがいらっしゃいました。そういえば浄土宗、臨済宗といった鎌倉時代以降の仏教を生み出したのは比叡山で学んだ僧たちだとか。高校の教科書に載っていましたっけ(^^;)


比叡山はまだ桜が咲いていて、シャクナゲや牡丹も見かけました。



信長に焼き討ちされるまでは軍隊(僧兵)をたくわえた軍事拠点でもあった比叡山。歩き回っていますと、石垣や区割りの名残りらしい石や段差を幾度となく見かけました。


翌日に嵯峨野の常寂光寺から眺めた比叡山。京都市街地を見下ろして存在感ありますね。

季節の便り | 10:45 PM | comments (x) | trackback (x)
手描き友禅は一点物のオリジナル作品なので、その模様の色挿しは、模様に合わせた染料作りから始まります。
例えば同じ緑でも、青に近い緑から黄色に近い色合いまであるのです。



それぞれの図案に合う緑を調合して作ります。例えばバラや椿の葉は青味の強い濃い色。紫陽花は黄色味のある明るい緑。菊の葉はその中間でしょうか。

染料は粉末状。材料屋さんで大びんや袋入りで売っています。作業しやすいように小瓶に移しておきます。


原色だけでなく基本的な中間色も調合されていますが、自分の染めたい色を出すためには さらに自分で調整するのです。中央に写っているのはお抹茶色。頻繁に使うので多めに準備。この色に黄や青味を足したり、茶を加えてさらに地味にしたり。


友禅染の作業机は真ん中が四角く切ってありまして、染め作業の時は電熱を置き、図案を描くときは電灯を置き上にガラス板の乗せられるのです。


昔ながらのニクロム線電熱の上に染料皿をのせ、グツグツ煮て染料を溶かして色調整します。


色試し布を使います。水彩絵の具などとは違い、友禅染の染料は液体状では色が正確に判別できないので、必ず布を染めて確認します。


これでよし!となったら煮えている皿を電熱から下ろして粗熱を取ってから作業机に上げます。なにしろグツグツのままでは染料が飛び散る危険もありますから。


熱がとれたら、必要に応じて均染剤(ムラ防止)とトメゾール(粘剤、はみ出し防止)を加えで色挿し準備完了となります。



東京手描友禅の道具・作業 | 12:09 AM | comments (x) | trackback (x)
フェルメールはオランダが貿易国として一番華やかだった時代、17世紀の画家です。日本で言えば徳川家光のころ。長崎に出島ができて鎖国の日本がヨーロッパの国として唯一通商を続けた時期です。同時期のレンブラントほどの知名度はありませんが、一番有名な「真珠の耳飾の少女」(青いターバンの少女)ならご存じの方も多いのでは?
実はぼかし屋イチ推しの絵がフェルメールのこの絵。(写真は展覧会チラシと絵葉書から)


窓辺で手紙を読む女  所蔵:ドレスデン国立古典絵画館

昔々まだ高校生だった時に都内の展覧会に展示され惚れ込んで以来です。ドレスデンは遠く、再度見られるとは思っていませんでしたが、何と絵の方が上野に来てくれたのです。


「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」
4/3まで。上野の東京都美術館にて。


この展覧会チラシは工夫されていて


このように表紙の絵の右半分が入れ替わるように印刷されていて、


入れ替えると絵の右上にある絵、壁にかかったキューピッドの絵が消えるのです。女性の後ろはモスグリーンの薄明るい色合いで無地。(それはそれで実に美しい空間でしたが)
長い間、フェルメールの作品として親しまれてきたのはこの状態の方。ですから嬉しい配慮です。キューピッドは絵を修復した結果、現れたのです。

誰が何故キューピッドを消したかは諸説あり分からないそうです。
ぼかし屋の勝手な想像では→ 持ち主が厳格なキリスト教徒だった時期に「愛のキューピッド」を嫌って消した、です(^^;)

展覧会の解説を要約しますと、無地の壁にはもともとキューピッドが描かれていることは以前からレントゲン撮影で分かっていました。


でもそれはフェルメール自身によって塗り潰されたと考えられてきました。であれば無地の壁はフェルメールの制作の一部です。
ところが最新の技術によって絵具の経過年数が分かり、塗りつぶしの絵具はフェルメールの没後何十年も経ってから塗られたことが分かったそうなのです。すると壁にはキューピッドがいることが彼の意思。
そこでキューピッドを覆っていた絵具を少しずつ取り除き、フェルメールが描いた状態へ修復したのだそうです。



汚れも落とした結果、キューピッドが現れただけでなく、窓からの光はより明るく、女性の姿も背景の壁も明るく浮かび上がったのでした。


東京都美術館に飾られた絵はモスグリーンの色調の中に青、赤、緑、黄が落ち着いた色合いで溶け込み、光の中に手紙を読む女性がいました。女性の服のシワ、後れ毛に光が反射して深みを出していました。


キューピッドの絵が飾られた室内の描写は手紙がラブレターであることを暗示しているそうです。フェルメールの作品の中では大型で、近くで鑑賞できたのでオリジナルならではの細やかな筆使いと色合いを見ることができます。
まだ会期がありますがコロナ感染防止のため入場は予約制です。これからお出かけの方は上野公園の桜が見られそうですね。


展覧会ルポ | 11:08 PM | comments (x) | trackback (x)
今日は手描き友禅に欠かせない道具の手入れをしました。
伸子針の色抜きです。伸子針(しんしばり)というのは、


このように地色を引き染めするにも


模様の色挿しをするにも、は生地をピンと張る必要があります。欠かせないのが伸子針で、竹の先端に金属針を打ってある棒針です。
生地を横糸にそって横断するように端と橋に金属針をかけて、生地を突っ張らせる感じです。


染めが終わると染料がついてこんな状態。このまま白い生地に使えばどうなるか。赤や青の染料で汚れてしまいます。
次回の使用に備えて染料を煮洗いして落とすのです。


方法は一つではありませんが、ぼかし屋では大きなホーロー鍋で ハイドロコンクという粉末の抜染剤を入れて煮落とします。


グラグラ煮ています。
針の上下を入れ替えながら。竹も熱くなっているので軍手が欠かせません。


色が抜けたら、今度は水洗い。ハイドロコンクの成分が竹に残らないように。


水切りして日当たり良いところで二三日かけて完全に乾燥させます。
湿気が残っていると保管中に竹にカビがつく心配があります。


綺麗になりました。次の染めへスタンバイです。

ちなみにこの伸子針。自然の竹で職人さんが作ってくださるものなので、一本一本の太さが微妙に違っています。
染めの作業をしていると、その時々によって、生地が含んだ水分の具合が変わり、すると生地の横幅に違いがでることがよくあります。針をうっても今一つピンとしない事や、逆に張り過ぎて生地が痛がっているような場合があるのです。
そこで竹ごとの太さの違いを利用して、適切な針に差し替えて、ピン!の張り具合が生地と染め作業にとって丁度よいように調節できるのです。
竹の伸子と違って染料が浸みこまないグラスファイバー製の伸子針もあるのですが、ぼかし屋では竹一辺倒です。
竹ですから何度も使えば折れることもあり消耗品なのですが、これからも作って下さる職人さん、よろしくお願いいたします。


東京手描友禅の道具・作業 | 02:59 PM | comments (x) | trackback (x)
「美の壺」で着物が取り上げられます

着物好き必見のテレビ番組が放送されます。
ぜひ見てみましょう!
 1月7日 NHK BS放送で19時30分~
美の壺 スペシャル「着物」



色々な種類のお洒落な着物が見られそうですよ。

お知らせ | 05:51 PM | comments (x) | trackback (x)
東京手描き友禅 ぼかし屋 新年ご挨拶

  謹賀新年
ぼかし屋友禅 宮崎 桂子

今年も「きものブログ」で、友禅染めの様子や道具や材料、生地、模様の参考となる日本美術のことなど、ゆるく広く紹介していきたいと思います。
ふと思い立った時には是非ぼかし屋のホームページ、ブログにアクセスしていただければ幸いです。

さて今年最初の画像は糸目友禅の過程の拡大写真です。
解説いたしますと、


図案通りに糸目糊を引いたところがブルーの線で見えています。


そこに準備した染料を筆、刷毛で色挿していきます。
この図案の場合は葉、一枚一枚ずつ。


紅葉ですから赤から緑まで、全体のバランスを見ながら色を散らせていきます。


作業机の下に電熱器が置けるようになっています。昇ってくる暖かい空気に晒しながら色挿しすると、染料が早く乾くので染料のはみ出しを防ぐことができます。

色挿しが終わったところ。まだ糸目糊が青く見えています。


蒸し、洗いなどの工程を経て、色が発色し、余分な糊も落ちた出来上がり。


糊の跡が白い線状に残っています。手描き友禅が糸目友禅とも言われる由縁です。
このような糊の使い方を「糊で防染する」と言います。防染とは「染まらないようにする」こと。模様の色の境目を防染して白く残し、模様をクッキリ見せる技法が糸目友禅なのです。


ご参考までに。
鯉のぼりの鯉を伝統技法で染める場合も、今回ご紹介した写真と基本的に同じ作業工程で行います
。違いは生地が鯉のぼりにふさわしい丈夫な綿であること、遠くから見えるように糊の線も太くたくましく、色合いもくっきり原色で、といったところです。
筆も刷毛も着物用より太いですが、技術としては友禅と同じ「糊防染」(のりぼうせん)
各地にのこる大漁旗なども同様。
日本では古くから糊を利用して様々なことをしてきたわけです。

 ※写真の糊は米ではなく合成ゴムによる糊です。米(もち粉)から作った糊(真糊)による糸目糊の例は、このホームページ「ぼかし屋の染めとは」で紹介しております。

このホームページにはぼかし屋友禅あての「お問い合わせ票」があります。「お問い合わせ」から自動的に送信できますので、ブログへのご質問、感想などもお気軽に発信していただけたらと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。<(_ _)>
季節の便り | 06:33 PM | comments (x) | trackback (x)

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