テレビで見かけた着物姿

 
先週に引き続き、テレビで見かけた着物姿についてもう一つ。
つい先日まで再放送されたNHK大河ドラマ、篤姫を見ていました。
本来の放送の時は、篤姫が薩摩で西郷、大久保といった人々と交流する設定が時代考証として無理で、面白いと思えずあまり見なかったのですが、今回はストーリーより衣装が目的で毎回楽しみました。
 ご存じのように篤姫は薩摩藩主の分家の娘(それだってかなり高い身分ですが)として生まれ、本家の薩摩藩主の養女となり、さらに徳川将軍家に嫁いだ人。ですから身分が上がるにつれ、篤姫とその近辺の人々の着物のグレードが上がっていき、様々な衣装で登場します。若くして藩主、島津家の姫君となってからは、これぞお姫様の中のお姫様、という真っ赤な着物の数々。髪型も武家というよりは公家の女性に近い結い方となりました。実際のところ、彼女はさらに摂関家である近衛家の養女となって格を上げてから徳川家に嫁いだのでした。公家風を教え込む専門の老女もいたそうです。
 印象的だったのは将軍との婚礼衣装。白無垢で胸にお守りを下げていました。実際に篤姫自身がどのような衣装だったか、本当のところは資料もないことと思われます。きっとこの装いは衣装担当の方々が当時の資料などからお考えになったのでしょう。初々しく好感持てる花嫁姿でした。
 将軍の御台所となってからは、本当に華やかな小袖、打掛の数々。教育係の老女、幾島など大奥の大勢の女性の着物姿も飽きることはありませんでした。特に篤姫の姑である本寿院が夫(前将軍)を亡くした女性として地味な被布を着ているのに、貫禄たっぷりで見応えあり、楽しませてくれました。
被布は今では七五三の三歳女児しか着ませんが、大人の女性も着るものでした。でも何となくご隠居様が着るイメージですね。夫のいる若い、あるいは中年の女性は着ないものだったのかどうか。私は不勉強で知らないのですが。
 女優の森光子さん主演の放浪記のお芝居で、終盤、経済的に余裕の出た林芙美子が、その老母に立派な織の被布を着せていて、老母が「無理に着せられている、云々」というセリフを言うシーンがあります。地味な色合いですが、何とも言えない華やかさがありました。被布を着たご隠居がいらっしゃるというのはステータスだったのでしょう。今は見かけませんね、本当に。

着物あれこれ | 12:29 AM | comments (x) | trackback (x)

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