東京手描き友禅、模様の参考に。

 
東京手描き友禅、模様の参考に。(宮廷服の礼装)

 東京手描き友禅は多くの場合、製作者自身が図案から色彩まで制作するので、図案創作の参考にするため日本画や工芸品など伝統的な模様に接する機会は逃さないようにしています。
 今年の秋は興味深い展覧会が多く忙しくなりました。幸いぼかし屋は都心から地下鉄で15分の所で、生地屋さんや材料屋さんなどの用事を足しながら展覧会場に寄ることが出来ます。
 今回は文化学園服飾博物館の「明治・大正・昭和戦前期の宮廷服」展に行ってきました。

(写真は図録より)


 昭和戦前期の、とある通り明治期以降、1945年の敗戦前までの服装令にのっとった宮中の礼装の実物を展示しています。ぜひ本物の十二単を見たいと思って出かけたのでしたが、予想に反して一番の収穫は「洋装のなかに見る日本の伝統模様」でした。

  明治天皇の皇后が着用した大礼服



 一生懸命に西洋文化を取り入れた鹿鳴館時代のものですから全体として見るとヨーロッパ風ですが、ビロード生地に刺繍された菊花の模様は日本の伝統的な様式そのものでした。
 赤地の菊がマントの部分、前出の写真の白地の菊がスカートの部分です。
 どちらもこのまま打掛に使えそうなのです。
 明治20年頃の制作とのことで、幕末まで大名や公家の家に着物類を納めていた呉服屋傘下の職人さん達が作ったのでしょう。外国の文化や技術を和風に取り込むことの得意な日本人の特徴がすでに見てとれるようでした。

  儀式以外の宮廷行事で着用されたドレス



 こちらもシルエットは完全に洋装ですが、生地は鳳凰と立湧(たてわく)を組み合わせた地紋です。着物の機屋さんが織ったものに違いありません。
 他にも男性用の大礼服の展示も多く、黒い礼服を飾る金糸の縫い取りが和風の菊や桐だったり、ボタンのデザインが刀の鍔(つば)のようだったり。色々なところに江戸時代に確立した日本の模様様式を見ることができました。

 前後しましたが、元々これが目的だった十二単ももちろん拝見しました。

      五衣・唐衣・裳(十二単)





 昭和初期、実際に宮中儀式で着用されたもので、この色の襲ね(かさね)は若い女性用だそうです。
衣は有職文様の織物ですが、裳の模様は「摺り絵」という技法で桐・竹・尾長鳥の模様を白生地に摺り込んで絵付けしてあると説明がありました。
 十二単は小袖の上に長袴をつけますが、他に切り袴という足首までの短い袴に袿(うちき)を羽織る袿袴(けいこ)も多く展示されていました。



袴を引かない分動きやすく、儀式の際は皇族ではない女性が正装として着用したそうです。



 屋外を歩く場合などは袿(うちき)を帯でおはしょりして着用したようです。
靴も西洋風で動きやすそうです。もっとも幕末以前は日本風の沓か草履の類を刷いて歩いたと思われます。

 文化学園服飾博物館はあまりご存じない方も多いのですが、文化服装学院以来の服飾コレクションがあり、折々には今回のような企画展も催しています。
 新宿駅南口から徒歩10分程度。この展覧会は12月21日まで。男性用の衣冠束帯、直衣などもご覧になれます。    https://museum.bunka.ac.jp/


展覧会ルポ | 10:41 AM | comments (x) | trackback (x)

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