展覧会ルポ

 
 上野の東京国立博物館が新年イベントの一環で長谷川等伯「松林図」今月12日まで展示しています。 ちょっと慌ただしかったのですが行ってまいりました。

 この絵については「歴史の教科書で見ただけだけど凄い絵だね」という感想をよく聞きます。私もまったく同感で、教科書で初めて見て「こんな絵があるのか」と驚いた覚えがあります。だいぶ以前に最初に本物にお目にかかった時も、「本当にこんな絵があるんだ!本当に松林だ」とあまり進歩のない驚きを感じたものでした。
 今回改めて拝見…。
愛読書「等伯」(安倍龍太郎作)の影響もあり「なるほどこの絵の主役は松ではなく霧だ」などと考えつつ眺めました。

この屏風は六曲一双の大作なので、教科書などで紹介される時はたいてい右隻だけの写真になっています。美術書でも右隻と左隻が別のページになっていたりします。

今回改めて一双が並んだ展示で鑑賞すると、その中央部で主役の霧が一番深いと分かります。
別々の写真では中央部が分断されてしまうので分からないことでした。



 近寄って観ると、普通の筆ではなくササラのようなもので描いたようでした。硬い硬い筆で激しい勢いで描いたものだと分かります。小説にあるように竹筆で昼夜を分かたず描いたのかもしれません。


      左隻  
平面に観るより、このように屏風として展示されると松の木を覆う霧の流れがよく分かります。
ひんやりとした感じです。

 とんでもない天才が長年の精進の末にたどり着いた境地だったと安倍龍太郎さんは描いていますが、私のような凡人は、ただただ観るだけ、眺めるだけで十分という絵でありました。

※屏風用語のご参考に。左右二点で一つの屏風になっている場合、一双の屏風と呼び、それぞれを右隻、左隻と呼ぶそうです。松林図のように一隻の屏風が六畳みの場合、面一つを一曲、または一扇と呼ぶそうです。「松林図」六曲一双は「六畳みの屏風、左右一対で一点の屏風」という意味になります。
 いずれも最近覚えたばかり。
間違いがありましたらHPの問い合わせフォームでご指摘ください。

 全館を観る時間はなかったのですが、せっかくなので新年を祝して飾られたコーナーだけは走り見てきました。


正倉院御物のろうけつ染めで羊を描いた屏風の復元品。
羊のデザインはササン朝ペルシャの影響を受けているそうです。



幕末期の打掛 武家女性の婚礼衣装で、鶴などお目出度い柄がぎゅう詰めになっているのは典型的な様式だそうです。



同じく幕末期の陣羽織 
お武家の好みで牡丹、龍、鳳凰が、これもギュッと詰まっています。



 正面中央階段の踊り場に池坊の生け花が飾られていました。
お正月らしい展示でした。

上野の東京国立博物館は所蔵品の撮影は自由です。他の美術館から借りて展示しているものには撮影×の印がついています。友禅模様の参考にできるので嬉しい美術館です。

「よく何度も行けますね」という感想をいただきますが、地の利に恵まれているおかげです。当方から上野まで地下鉄利用で30分。生地屋さんなどが人形町界隈にあり、近いので用足しのついでに立ち寄れるのです。やはり美術館の多い日本橋、大手町界隈へは地下鉄で15分です。気軽に実物にふれることが出来るのは仕事がら本当にありがたいことです。
展覧会ルポ | 11:02 PM | comments (x) | trackback (x)
手描き友禅、模様の参考に。
東京国立博物館で開催された国宝展を観てまいりました。

一番の目的は長谷川等伯の「松に秋草図」 



ですが、実は今回は隣に飾られた狩野永徳の「花鳥図」に見惚れました。



 永徳を始めとする狩野派が、一匹オオカミの等伯を敵視し、今風に言えば「イジメた」のは史実なので、狩野永徳にも人物としてはよいイメージを持っておりませんでした。
 しかし初めて観るこの「花鳥図」の完璧さは…。 
実物を観られることの有難さを痛感しました。これまで永徳の作を観たことがないわけではありませんが、今回ほど強い印象を持ったことはありませんでした。
 鶴と松の取り合わせ、向かって右、上の方で手前に張り出す松の枝が、実物では大変迫力があり、こちらに迫ってくるようでした。鶴は驚くほど正確で写実的に細部を表現しています。墨の濃淡を利用して重ね描きすることで立体的な鶴の足を描いていて、しばらくジッと見つめてしまいました。まったくもって一分のスキもない感じの絵でした。
 永徳の代表作とされる「唐獅子図」や「檜図」のような金碧画(金の背景に彩色した屏風絵など)より、このような水墨画の方が、永徳の力量が分かりやすいように思いました。
 永徳ってどんな人だったのでしょう。織田信長に重用された永徳の作品はその後の戦乱で多くが焼失し著名な割には作品を観る機会は少ないとか。信長の安土城が残っていたらよかったのにと思います。

 この展覧会では、教科書に載っているから名前は知っているけれど実物は初めてという国宝のいくつかを拝見いたしました。
写真撮影禁止だったので手持ち写真がなく、
予算オーバーで図録が買えず (>_<)
ご覧いただくのはこの展覧会を紹介したNHKの番組の写真です。

 玉虫厨子 (飛鳥時代 奈良 法隆寺) 


 入場してすぐにとても大きなお堂のような物があると思ったら有名な玉虫厨子でした。台に乗せられているとはいえ、見上げるほど大きい厨子とは思っていませんでした。照明も暗く厨子も黒ずんでいるので、まだ僅かに残るという玉虫の羽根飾りがどこか分かりませんでした。側面に描かれた有難い仏画よりはミーハーにも羽根飾りを見たかったのです。NHKの番組では羽根飾りの部分が大写しになっていました。


ズームして照明をあてると、飾りの後ろにはめ込まれた羽根があるのがよく分かります。(テレビ映像では妖しい玉虫色に輝いてましたが、写真が低質で申し訳ありません)
制作された当初はどれほど輝いていたのでしょうか。

 善財童子立像 (鎌倉時代 快慶作)

  角髪(みずら)に髪を結った少年の像。


海を渡る文殊菩薩を先導する少年で、この像は文殊菩薩を振り返った一瞬を表わすそうです。華やかで、番組の解説者は「出来た当時は少年アイドルのようだったと思う」と述べていました。


衣に赤や緑の彩色と細かい模様がよく残っていました。
金箔と、細い金箔をはりつける截金(きりかね)の技法で表現されているそうです。

 扇面法華経冊子 平安時代12世紀



 解説によれば、女性も成仏できるとした法華宗は貴族の女性に大変人気があったそうです。
(逆に言えば当時他の宗派では悟りを開いて成仏できるのは男性だけ)
法華経の経文をかいたこの冊子はお洒落なことに扇型なのです。当時の価値観では成仏して極楽にいくには、仏への奉げものや仏に関連したものを、実用性だけでなく美しく飾る必要があったそうです。だから扇型にした上で、さらに経文の背景に美しい絵を描いたというわけです。
 絵は経文の内容には無関係。貴族でないが身なりの綺麗な男女が雀取りをしているところで楽しい雰囲気でした。それにしても古いのに色彩が退色せずによく残っているものです。

 楓蘇芳染螺鈿槽琵琶 (正倉院御物の琵琶の一つ)



 螺鈿の細工がきれいでしたが、それ以上に驚いたのは楓の木地自体が艶やかで生き生きしていたこと。弦を張れば音が鳴るように見えました。天平の音色、聞いてみたいですね!

 この琵琶に代表される正倉院御物は、展示されれば大勢の観客が押し寄せ、展示品の近くに寄れないと言われていますが、今回はじっくり鑑賞できました。実は行く予定がない日に豪風雨となり、予定変更して急きょ上野に出かけたのです。目論見があたり来場者は少なめ、会場はソコソコの混み具合。さほど並ぶこともなく国宝の中の国宝を間近に鑑賞できました。!(^^)!

展覧会ルポ | 11:53 PM | comments (x) | trackback (x)
東京手描友禅 模様の参考に、五島美術館の秋の展示「絵画、書跡と陶芸」に行ってきました。



一番の目当ては紫式部日記絵巻。
現存する物語絵巻類では最も古いだけあってかなり退色していますが、引き目鉤鼻の公達や女房たちが上品で静かに美しく、何度見ても見飽きません。


 中宮彰子が男子を産み、女房たちが正装でかしずいているところ。
 解説によれば女房の髪型は正式に前髪を結い上げているそうです。確かに額の上に摘み上げたように髪が上がっています。平安時代、女性はお下げ髪が基本ですが、正式な場面では奈良時代の女性のように前髪を高く結って飾りを付けたそうです。


 中宮を訪問した公達を紫式部が迎えているところ。
 西洋絵画で「○○を訪問する△△」というタイトルなら、訪問される側、訪問者ともに従者を従えて画面中央にドンと描かれるものですが、この図はポイントが右によっていて、位の高い中宮様は大きな屋敷の奥深くにいることを匂わせているだけ。とてもとても日本的ですね!
 ハッキリ表現せずに、良くも悪くも間接的に「ほら、わかるでしょ」と伝える日本風の原点のように思います。


 静かで上品に見えつつ実は儀式の後のくだけた宴会の様子を描いているそうです。
 盃片手に歌う人、女房の容姿や衣装を品定めする人、「この辺りに若紫さんはいらっしゃいませんか」と美男の誉高い公達が紫式部を探していたり。
今も昔も「打ち上げ」は楽しいひと時ですよね!

 尾形乾山の屏風絵の展示もありました。


尾形乾山 「四季花鳥図屏風」 左

                 右
 陶芸が有名な乾山の、これほど大きな絵画は初めて見ました。さっくりソフトに描いた感じ。

 特にきれいだったのは、輪郭を描かずに胡粉の白をぼかすことで姿を表現した白鷺の群れ。真似てみたいものです。

五島美術館はお庭も有名なので一巡りしました。

ムラサキシキブの花 ちょうど今が季節なのですね。

立派な寿老人。思わずお参り。

古墳があるとは知りませんでした。

名前が分からない花。受付の女性に尋ねましたが、「え~っと、何でしたっけ!忘れてしまいました」とのことでした。(^^;)
どなたかご存じの方、お問い合わせフォームで教えてくださいませんか。

※追記 2014/12/11
教えていただきました。エゾツリバナ(蝦夷吊花)だそうです。
秋に赤く熟した果肉と種子を採取するそうです。薬効もあるとか。

展覧会ルポ | 05:33 PM | comments (x) | trackback (x)
東京手描友禅 模様の参考に。「日本絵画の魅惑」展
 出光美術館の「日本絵画の魅惑」展で、地色を大胆なぼかし染めした着物の浮世絵が展示されていました。(写真は図録から)



  喜多川歌麿「娘と童子図」

 前回のブログで地色を裾濃(すそご)に染めると着映えがすると紹介しましたが、この図は逆。上半身ほど濃い緑色に染められています。これもステキですね!
娘さん用にしては地味な濃いお抹茶色ですが、衿や裾、袖口からのぞく真っ赤な小袖がアクセントとなって若さを引き立てています。胸元の帯の近くは白場を残した染なので、染める立場からすると、ぼかす個所が多くて引き染め作業はなかなか大変。やり甲斐ありそうです。



 懐月堂安度「立ち姿美人図」

 グレーの地色が、前記の歌麿と同じく上半身ほど濃く染められています。こちらの方が粋な大人の女性の感じ。下襲ね(したがさね)はやはり赤。渋い表地と赤の組み合わせは他にもたくさん見かけました。人気の色合わせだったのでしょうね。
 渋さの中に赤が少しあると全体がとても調和する例は、誰しも心当たりがあると思います。
例えば石造りのロンドンの街に赤い二階建バスがよく合うというような…。
 この図はもう一か所 興味深いところがあります。
この女性は髷(まげ)を自分で結い上げているところなのです。
 


 後頭部で縛った髪の束を左手で持ち上げ、右手で持った櫛で束の先を前髪後ろに留めようとしているのです。左手の指が髪をからめとって櫛に咬ませようとしていますね。
 女性の髪型は江戸の後半に島田結いなど大変複雑な形に進化しましたが、女性の風俗史によれば桃山期から江戸初期には、簡単に髪を束ねてお下げにしたり、ポニーテール風だったり、それをお団子にまとめたりと比較的単純な髪型だったそうなのです。
 この女性は、髪結いさんにまかせるのではなく自分で加減しながら髷を作っている真っ最中。
集中していますね。


展覧会ルポ | 11:30 AM | comments (x) | trackback (x)
東京手描友禅 模様の参考に。東京国立博物館
 先日上野の東京国立博物館に出かけました。入場券を貰ったのでキトラ古墳の壁画の展示を見る予定でした。混むと思い午前10時過ぎには門に着きましたが、考えが甘かった!すでに長蛇の行列。係員さんによれば壁画の前にたどり着くには3時間かかるとのこと。朝8時には行列が出来ているそうです。時間対効果を検討してキトラは諦めました。

 そのかわり!長年の懸案を実現させることにしました。
それは同館の常設展をゆっくり、全部、一人で鑑賞することです。

 特別展を見るついでに時間とエネルギーが余れば、少し常設展示に立ち寄ることはあっても、大人になってからはきちんと鑑賞したことはなく、いつか隅から隅までゆっくり見たいと思っておりました。
 さて今日こそ!と10時半に張り切って歩き出して、結果を先に申し上げますと、見終わったのは夕方五時近くでした。(途中最低限の食事と休憩を含む) 台北の故宮博物院でも息切れしましたが上野もなかなかの展示量です。着物や鎧、漆器、陶磁器、日本画は力を入れ、書、茶器、仏画仏像は省略しても一日がかりでした。
 嬉しいのは写真撮影が自由であること。撮影禁止の表示がある展示物を除いてほとんどが自由。以前と比べ展示方法も工夫され、欧米からの観光客が大勢いました。

 花の意匠の展示から、季節柄に合った花をあしらった2点をご紹介します。

綸子地 波菖蒲花束 模様 小袖(部分)


花束を散らせる模様形式は武家の女性に好まれたそうです。菖蒲の花びらには鹿の子模様もあります。色数が多く、きっと黄ばむ前はかなり華やかだったことでしょう。

   燕子花の花瓶

 
   前立てに菖蒲の飾りをつけた


 この鎧は室町時代(1500年代)の作で、菖蒲は鯨の髭で作られているそうです。

 花の意匠ではないのですが、ビックリする鎧がありました。


 こちらはぐっと新しい物で、今年のNHK大河ドラマの主役、黒田官兵衛の孫の鎧一式
 兜の後ろ飾りをご覧ください。あまりに大きくて兜の一部とは分からないのでは?
信長、秀吉、家康の時代は武士の装いがとても派手で、兜も不必要なほど大袈裟なものが好まれたそうです。この兜も着用して立ち上がったら後ろに転びそう!官兵衛の孫なら関ヶ原のころはカッコつけたい盛りの若者だったのかもしれません。これなら目立つこと間違いなしですね。

 この日は同館所蔵の尾形光琳「風神雷神図」が特別展示されていました。

mg src="https://www.bokashiya.com/blog/files/DSCN1667cp.JPG" width="180" height="240" alt="">
俵屋宗達の「風神雷神図」と比べてどうか、うんちくを傾ける方も多いと思います。私は宗達の方が好きですが、友人知人の間では光琳の人気が高いようです。

 着物の展示から面白かったものを。

  紫縮緬地 波帆船模様 振袖

 
 解説によれば、船の模様といえば普通は宝船などお目出度いもの。ところがこの振袖は荒波に飲み込まれそうな帆船で、武家女性の「困難に立ち向かう心意気」を表わしているそうです。19世紀のものだそうですが、五つ紋付きの振袖は明治も近い時期を思わせます。



  白綸子 花束団扇 沙綾形模様 打掛

四季の花束と沙綾形のような幾何学模様の取り合わせは江戸後期の武家女性の礼装の定番デザインだったとか。団扇はどこに?と思ったら!沙綾形の上に天狗様の団扇のような模様がありました!
着用イメージの手助けに帯が一緒に飾られています。黄緑に大きな鯉の刺繍帯。大胆です!

PG" width="320" height="240" alt="">
鼠地 唐織 花文網目繋八橋胡蝶 文様 打掛

 背模様をアップしますと、


 燕子花に八橋の模様です。色合わせがお洒落で、隣の帯も合わせて今着用してもステキだと思います。
立ち姿はグレーに朱。帯の焦げ茶が引き締め効果を上げそうです。

 今回のもう一つの特別展示は「上村松園 焔」


 ガラスが反射していますが、会場でのスナップ写真です。かなり大きく描かれた大作で、ご存じの方も多いことと思います。

 この作品の特別展示は5月3日の朝日新聞で紹介されていました。

記事では嫉妬のあまり生霊となった源氏物語の六条御息所がモデルとしていますが、
女性には辛いことの多かった時代に男社会の画壇を生きた松園さんの苦難が背景にあるだろうと解説されています。
肩から滑り落ちちそうな着物の柄は藤と蜘蛛の巣。狂おしさを表現しているのでしょう。1918年の作。かれこれ100年前に小柄な松園さんがこんな凄まじい大作を描いたと思うと…。

 この絵には子供の頃の思い出があります。

 小学校の頃、埴輪や土器の本物を見たがった私を、父がこの博物館に連れて来てくれました。
館内を見て歩き、たまたまこの絵の前に。 怪しい雰囲気は子供にも分かり、父に何の絵か尋ねたところ、答えは「う~ん…これは……幽霊。ほら、足がない」でした。
 確かに足は薄くなって消えるように描かれているので子供としては、オバケということで納得したのです。それがいわゆるオバケではないことは大人になって自然に分かりました。
大学生の頃、留学生を案内した時もこの絵に巡り会いました。
留学生いわく「この絵は説明不要。ジェラシーだと分かる」 異文化の人にも通じるものがあるのですね。
 もと文学青年の父の説明については、子供に嫉妬やら生霊やらを説明するのを憚ったのか、単に説明が面倒だったか、真相は不明です。

 記憶の中のこの絵は、もっと身近な低い位置に飾られていました。隔てるガラスもなかった気がするのですが、どうだったのでしょうか。

 最後に本館裏手からみた風景を。
 池の向こうに庵。 本館トイレの窓から見えたこの風景が子供の頃から好きでした。何だか別の世界を覗いているようで。今は来館者用に整備、解放された本館北、中央のバルコニーからゆっくり眺めることができます。この写真はバルコニーに出て撮影しました。

 
展覧会ルポ | 04:39 PM | comments (x) | trackback (x)
東京手描友禅 模様の参考に

 表参道にある根津美術館で「燕子花図と藤花図」の展覧会を見てきました。
主な展示は応挙の藤花図と光琳の燕子花図。
美術館の所蔵品の中からこの二点を並べて鑑賞する趣向です。



 今回はこの二点についてのコメントは遠慮するとしまして、この2点以上に収穫だったのは!
私の大好きな画家、鈴木其一の「夏秋渓流図屏風」です。この作品を観るのは初めて。向かって右が夏、左が秋の渓流図で、特に夏図が印象的でした。(写真は図録より)


   鈴木其一「夏秋渓流図屏風」  夏図(右)


                  秋図(左)

 夏図はかなり写実的な大木に、実際より大きく描いた山百合と竹笹を配置しています。会場の解説にもありましたが木と百合の写実性に比べ竹笹が極端に単純化されています。


    (夏図の中央を拡大)

 そのために屏風全体を観ると、より木と百合の写実性が増す効果があるとのこと。眺めていると確かにそう感じられます。画面が生き生きしています。
友禅の模様を彩色する時も、何もかも細かくぼかして染めるより、四分の1位は塗り切りの部分も作っておく方がぼかしの部分が引き立ちます。
(これは別にぼかし屋オリジナルではありませんが)
 なるほど、模様を形作る時も、写実的な部分に対して、デフォルメや単純化の部分をバランスよく配置すると面白いのですね!其一先生!

 他に大いに参考になると思ったのが、



  「四季草花図屏風」「伊年」印

 全部で68種もの草花が描かれていてまるで友禅の作図のお手本のようでした。それに描かれた植物の一覧を図録に載せてくれているので「花の描き方教本 琳派版」といったところです。
 ちなみに「伊年」とは俵屋宗達から始まった俵屋のブランド名の一つだそうです。

 今回の展示でもうひとつ模様のヒントにしたいのは、



  「色絵紫陽花図角皿」 尾形乾山

 紫陽花の花と手前の柵が縮尺を気にせずに描かれています。紫陽花の花が好きなので是非次回はこんな可愛らしい模様で描いてみたいものです。乾山のように、というのもおこがましいですが。
 最後は花の盛りの^根津美術館の庭の写真です。
あいにく携帯電話のカメラで画質が悪いのですがご容赦を。







お庭も燕子花と藤の盛りでした。
展覧会ルポ | 10:23 AM | comments (x) | trackback (x)
東京手描き友禅、模様の参考に

 芸大コレクション展を観ました。春の訪れとともに観たい展覧会がいくつか始まりました。昨年秋のシーズンは是非と思う展覧会を見逃しているので、この春は時間を作って出かけたいと思っています。
 東京芸術大学の美術館では定期的に所蔵品を展示してくれています。
 今回目指した展示は尾形光琳の「槇楓図屏風」。
 同時に特別展示として「観音の里の祈りとくらし展」が開かれていました。



ポスターの上半分が所蔵品展示の「槇楓図」、下半分は観音様の特別展の方の案内です。

 琵琶湖のほとり、昔の近江の国、長浜には村々の寺に数多くの観音立像が伝えられているそうです。織田、豊臣時代には地中に埋められたりして繰り返された戦乱から守られた観音様も多いとか。ポスターの千手観音(日吉神社蔵 重要文化剤)は火災から逃れ川に沈められた際に手を失くしてしまわれたそうです。その後は現在に至るまで地域の手で宗派を超えて大切に守られてきたという説明もありました。
 帰宅してから「槇楓図屏風」を再度みるため、久しぶりに日本美術全集「琳派」を引っ張り出してみました。
 そして今になって気づいて驚いたことが!
 画質のことです。
 美術全集は35年程前の出版です。新刊は高価過ぎるので興味ある刊だけでも、と古本屋を巡り中古で一冊ずつ買い揃えたものです。当時最高の技術で印刷されたはずですが…、
今見ると何とも平板で色も暗く冴えないのです。
 下は全集のページを撮影したものです。



 それに対して今回の展覧会の案内チラシを拡大しますと、



 明らかに!昔の美術全集より、チラシでさえ今のデジタル印刷技術の方が、画質が良いのです。
 今まであまり気付きませんでしたが、今回実物を観た直後の目で見ると…
全集のページをめくった瞬間に
「え!何?この画質は。何も写ってない!」と思ってしまいました。
 これがデジタルとアナログの差でしょうか。ハイビジョンテレビを見慣れると以前のVHSビデオは観る気がしなくなりますが、同じ事のようです。
 美術全集の方は背景の金箔があまり写らず絵具の色も平板です。チラシの方は金箔が隅々まで明るく写り、特に葉の緑の陰影が細かくきれいです。こんなに差があるのですね!
  と、光琳とは無関係の事を先に書いてしまいましたが、美術全集のよいところは体系的に作品について教えてくれること。
 全集によれば、この「槇楓図屏風」は俵屋宗達も同じ題材を描いているのですね。


槇楓図 伝・俵屋宗達 山種美術館蔵

 そっくりなので年代的には当然宗達が先に制作。宗達に私淑していた光琳がそれを参考に後から描いたわけです。光琳は宗達の画風を学ぶために多くの模写を行ったとそうです。
 意外なことに光琳の方が渋い感じがします。槇の木の足元に宗達は桔梗女郎花といった秋草を華やかに描いているのに対し光琳は竜胆や桔梗を主体にあっさり描いています。枝や葉も光琳の方がより無駄を省きスッキリしている感じなのは宗達の作を推敲して描いたからでしょうか。
 背景は金箔で張りつくされていますが、秋草桔梗があることで木々が宙に浮かず、根本の地面の存在を感じられます。
 この「槇楓図屏風」はつくづく観ると愉快な感じがします。槇の木が直立と湾曲したものが混在し、さらに「この辺りに赤い色があったらいいな」と思う辺りにまず楓の葉をもってきて、そこに楓の木、枝を置いた感じ。特に光琳の方は「画面の下方に青色があると引き締まるから青のために桔梗と竜胆を増やそう」と光琳が思ったような気が…。 当方の勝手な想像ですが。
  宗達に同じ図柄があることなどを見比べられるのは全集ならではです。
出版不況下、充実した美術全集の新たな発行は難しいでしょう。画質が不満でも今あるものを大切にしなくては。苦労して揃えたことですし!もっともいつか本ではなくデジタル映像のディスク版美術全集は発行されるかもしれませんね。

展覧会ルポ | 01:17 PM | comments (x) | trackback (x)
東京手描友禅 模様の参考に

 手描き友禅の模様作りの勉強にするのだからという名目を立てまして、年末に台北へ旅行しました。故宮博物院の見学と夜市を食べ歩きするのが目的でした。
 故宮博物院はさすがに素晴らしい展示でした。特に紀元前数千年の昔に作られた青銅器の数々が見事でした。
 中国といえば龍の文様です。
 青銅器にはもちろん多くの龍があしらわれていましたが、驚いたのは5000年前に作られた龍の頭部を文様化した玉石の飾りが変色もなく白く輝いていたことです。これほど昔に想像上の動物を高度にデザインする力があったのですね。敬服、敬服。玉石を磨いて造形する技術も忘れてはいけませんが。
写真で紹介したいところですが、全所蔵品の図録は高価で手が出ず、購入した抜粋版は玉器の掲載が少なく残念です。

 中国の文様でもう一つ重要なのが牡丹の花です。
 友禅染の模様として使われる頻度は一番でしょう。故宮でも絵画や工芸品に様々なデザインで登場していました。染物屋としてはこれを観なければ!
 図録から紹介します。



  明代の漆塗り花瓶(一部)

 日本でもおなじみの形に彫られた牡丹。花自体は左右対称ですが、葉は余白を埋めて自由に伸びています。



      清代の七宝焼き
 小さな可愛い壺で嗅ぎタバコ入れだそうです。牡丹の模様の物4点。左下の作例は日本でもよく見られる写実的な牡丹ですが、他3点は幾何学模様化されています。葉を唐草文にして左右対称、放射線状に広がる意匠で面白いですね。



 こちらも七宝焼きの器です。
 黄金色を背景に正面から左右対称で底から蓋まで色違いで模様が連続しています。模様としてはアラビアの王様に似つかわしい雰囲気ですね。ただ椀の形や蓋物であるところは、紛れもなく東アジア、私たち近辺の文化で親しみを感じます。



     清代の牡丹図
 長らく日本のお手本になってきた見慣れた牡丹図ですが、大変写実的で白い花は背を向けていたり、クタッとした葉があったり。美化せずに描いているあたりは日本画ではあまり見ないように思います。

 次は着物の模様とは無関係ですが、あまりに素晴らしかったので。



 ご老人が孫の手で背中を描き「う~、気持ちいいのう」と笑っている感じ。膝には子犬がじゃれています。
 清代の作。黄楊の木を彫った羅漢様で、なんと全長わずか2cmです!!!!
 展示室では作品の前にルーペがかざしてあり、覗いて拝見する羅漢様の笑顔がなんと気持ちよさそうなこと。それにもろ肌脱いだ上半身の骨格や生き生きとした筋肉の表現が優れていて後ろにそらした右腕などは本物のようでした。
 制作者の名前は残っていませんが、この作、ミケランジェロに勝っていると思います!

 長い歴史の中国なので観るものもたくさん。
最初は意外に面白かった青銅器文明を力を入れて見学。
玉器、彫り物、漆と続き、絵画を頑張り、書は足を引きずり、最後にまた唐以前に時代が戻って三彩など焼き物が始まった時には「中国にはまだこれがあったんだ~でも~もうダメだ」 
 それでも桃が一面が描かれた素晴らしく大きな景徳鎮の茶壺だけは、意地で何度も眺め、
「なぜ日本では桃の実は絵画の題材にならなかったのだろう。桃太郎のイメージが強過ぎるからかしら」などと思いつつ、故宮探訪を終えました。
丸一日かけましたが本当に全部は見られませんでした。
 今年は日本で故宮博物院展が開かれるそうです。

最後に飛行機の中からみた富士山の写真をご覧ください。
思いがけず綺麗に写せました。静岡上空、太平洋側からの富士です。


展覧会ルポ | 12:42 PM | comments (x) | trackback (x)
 東京手描友禅 模様の参考に。
 江戸東京博物館の常設展示室の企画展示 「幕末の江戸城大奥」を見てきました。着物制作の参考になる打掛や貝桶、雛道具など興味深い展示でした。
 展示品の多くは幕末大奥の主人公だった天璋院と和宮所用のものでした。
 天璋院は十三代将軍、徳川家定の夫人です。篤姫の名前でNHKの大河ドラマの主人公にもなりました。同時期に江戸城にいた天璋院と和宮(十四代将軍家茂の夫人)の確執はよくドラマに取り上げられますが、今回の展示にもそれを示す説明が含まれていました。
本当に天璋院と和宮はお互いの面目と格式をめぐっておおいに揉めたのですね。有名な茵の争いは、こんな茵(しとね 座布団)をめぐって争われたのだろうと思われる豪華な茵が飾ってありました。茵一枚あるなしや着座の順序や向きが一大事だったようです。

 着物の展示で特に印象的だったのは天璋院所用の小袖二点です。

  萌黄繻子地 雪持笹と御所車文様の小袖



 雪持笹とは積もった雪に笹が覆われている様子、雪にも負けずに笹がりんとしている様子だそうです。大変綺麗でぜひ作品に取り入れてみたいと思いました。ぼかし染めの白場が雪に見えるように図案を考えてみたいものです。

 もう一点よく似た小袖が展示されていました。

  萌黄縮緬地 雪持竹に雀文様の小袖



 笹が竹に変わっただけで雪持ちのモチーフは同じ。地色も萌黄色ですが、こちらの生地は繻子ではなく縮緬地です。しかも驚いたことにかなり斬新な地紋があるのです。
   拡大しますと、



 大きな蝶を組み合わせた大胆な地紋です。この時代の着物にこれほど目立つ地紋があるのは珍しいのではないでしょうか。前述の雪持笹小袖の方は繻子地なので地紋はありません。
 縮緬地に地紋を織りだす紋意匠は明治期にジャカード織り機を取り入れてからだと聞いていたので、幕末までは縮緬には地紋はないものと思っていたのですが、この小袖は違うようです。 
 展示の説明には「蝶と藤襷を織り出した紋縮緬地」とあります。このように華やかな地紋をジャガード機なしでどのように織り出したのか、帯を織るようにすべて手仕事で縮緬地にこれほどの地紋を織り出すとは恐ろしいほどの仕事量でしょう。あるいは輸入品の生地を染めて小袖に仕立てたのでしょうか。でもこの蝶と藤の意匠は日本風です。この時期の紋意匠縮緬はどのように生産されたのか、どなたかご存じの方がいらっしゃいましたら、当方ぼかし屋友禅のホームページ上の問い合わせメールを利用してお教えくださいませんか。

2015年 1/30 追記
文化学園服飾博物館「時代と生きる・日本伝統染織技術の継承と発展」の展示で勉強しましたので加筆いたします。説明によれば以下の通りです。
 日本の紋織り(地模様のある生地を織ること)の歴史は、すでに飛鳥時代に始まっているそうです。
渡来人の職業集団に「錦織部」(にしごりべ)があって紋様(模様)のある織物を作ったとか。束帯や直衣、唐衣などが主だったと思われますが、安土桃山期に明から優れた織機や織りの技術が伝来して、薄い絹物にも紋織が出来るようになっていったそうです。 
 大奥の女性は当時の最高級品を身に着けていたでしょうから、拝見した打掛類は幕末期の最高技術で織られた国産品の紋意匠の絹地だったようです。
 明治になってからジャカード機が輸入されて紋織が発達したのは、「量産化」できるようになったということで、江戸時代にも武家階級や富裕な商人層向けに紋織はあったのでした。紋意匠の白生地に友禅染めや刺繍を施した贅沢な小袖、打掛が今も残っているのは、そういうわけでした。

展覧会ルポ | 10:29 PM | comments (x) | trackback (x)
東京手描き友禅、模様の参考に。(宮廷服の礼装)

 東京手描き友禅は多くの場合、製作者自身が図案から色彩まで制作するので、図案創作の参考にするため日本画や工芸品など伝統的な模様に接する機会は逃さないようにしています。
 今年の秋は興味深い展覧会が多く忙しくなりました。幸いぼかし屋は都心から地下鉄で15分の所で、生地屋さんや材料屋さんなどの用事を足しながら展覧会場に寄ることが出来ます。
 今回は文化学園服飾博物館の「明治・大正・昭和戦前期の宮廷服」展に行ってきました。

(写真は図録より)


 昭和戦前期の、とある通り明治期以降、1945年の敗戦前までの服装令にのっとった宮中の礼装の実物を展示しています。ぜひ本物の十二単を見たいと思って出かけたのでしたが、予想に反して一番の収穫は「洋装のなかに見る日本の伝統模様」でした。

  明治天皇の皇后が着用した大礼服



 一生懸命に西洋文化を取り入れた鹿鳴館時代のものですから全体として見るとヨーロッパ風ですが、ビロード生地に刺繍された菊花の模様は日本の伝統的な様式そのものでした。
 赤地の菊がマントの部分、前出の写真の白地の菊がスカートの部分です。
 どちらもこのまま打掛に使えそうなのです。
 明治20年頃の制作とのことで、幕末まで大名や公家の家に着物類を納めていた呉服屋傘下の職人さん達が作ったのでしょう。外国の文化や技術を和風に取り込むことの得意な日本人の特徴がすでに見てとれるようでした。

  儀式以外の宮廷行事で着用されたドレス



 こちらもシルエットは完全に洋装ですが、生地は鳳凰と立湧(たてわく)を組み合わせた地紋です。着物の機屋さんが織ったものに違いありません。
 他にも男性用の大礼服の展示も多く、黒い礼服を飾る金糸の縫い取りが和風の菊や桐だったり、ボタンのデザインが刀の鍔(つば)のようだったり。色々なところに江戸時代に確立した日本の模様様式を見ることができました。

 前後しましたが、元々これが目的だった十二単ももちろん拝見しました。

      五衣・唐衣・裳(十二単)





 昭和初期、実際に宮中儀式で着用されたもので、この色の襲ね(かさね)は若い女性用だそうです。
衣は有職文様の織物ですが、裳の模様は「摺り絵」という技法で桐・竹・尾長鳥の模様を白生地に摺り込んで絵付けしてあると説明がありました。
 十二単は小袖の上に長袴をつけますが、他に切り袴という足首までの短い袴に袿(うちき)を羽織る袿袴(けいこ)も多く展示されていました。



袴を引かない分動きやすく、儀式の際は皇族ではない女性が正装として着用したそうです。



 屋外を歩く場合などは袿(うちき)を帯でおはしょりして着用したようです。
靴も西洋風で動きやすそうです。もっとも幕末以前は日本風の沓か草履の類を刷いて歩いたと思われます。

 文化学園服飾博物館はあまりご存じない方も多いのですが、文化服装学院以来の服飾コレクションがあり、折々には今回のような企画展も催しています。
 新宿駅南口から徒歩10分程度。この展覧会は12月21日まで。男性用の衣冠束帯、直衣などもご覧になれます。    https://museum.bunka.ac.jp/


展覧会ルポ | 10:41 AM | comments (x) | trackback (x)

ページのトップへ